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COLUMN コラム

悠久の国インドへの挑戦

2018.02.13

「悠久の国インドへの挑戦」55 インド基礎知識そのXII:私の出会ったインドの人達(4)

藤崎 照夫

インド・パンジャーブ州のアムリトサル

<合弁会社のパートナー>

2)二輪車のパートナー:Firodia Family

 先月世界の二輪車王になった“Lallさん”という人物について書きましたが今月はもう一つのスクーターのパートナーとしてのFirodia Familyについて話を進めて行きたいと思います。このファミリーはBenzと合弁会社を持ち商用車の生産、販売をやっていて同時に小型のモペッドと呼ばれる二輪車を生産していました。そういう会社の背景からホンダとの合弁会社のパートナーに選ばれたと聞いていました。

 この合弁会社に対してはホンダは最新型のプラステック部品も取り入れた小型スクーターを導入して販売することに決めました。今から30年以上前のインドの2輪車市場はスクーターが市場の70%以上を占めていましたが販売されていた車は皆さんご記憶にあるかと思いますがかっての名画の“ローマーの休日”に出てくるような古いスクーターで家族が何人も同時に乗るような使われ方をしていました。

 それに対して日本での最新タイプで洒落たデザインで小回りがきき燃費の良いスクーターだから間違いなく順調に売れて経営はうまくいくだろうと関係者はみんな思っていたそうです。ところが実際に販売を開始してみると計画を大幅に下回る数量しか売れませんでした。そこで現地合弁会社と日本の合同チームがすぐ原因調査を開始しました。そこで判明したことは当時現地でスクーターを販売していた競合会社が彼らの販売店を通して“ホンダのスクーターはプラスチック製ですぐ壊れるし、壊れたら部品を全部取り換えなければならないから高い買い物になる“という事実と異なる口コミ作戦を展開してそれによって大きなマイナスイメージを受けていたことが分かりました。

 私がこのファミリーの人たちと初めて会ったのは現地が丁度上記のような状況で私は本社の担当課長としてどうやってこの窮状に対応するかという立場にありました。当時現地合弁会社の社長をしていたMr.Arun Firodia という人とは日本や現地で何度も会議を持ちましたがその中でも一番の重要課題は資金繰りがかなり苦しくなっていて両方の親会社が子会社である合弁会社に資金援助をいかに早急に実施するかということでした。この会社は両方の出資比率が同じである対等合弁会社でしたので、合弁契約書には“このような事態になった場合には両親会社が同時に同額の支援をする”と明確に記載されていました。

 私は上司からホンダの資金援助を速やかにやることについての了承を得ていましたのでMr、Arunに早く資金援助の行動を起こして欲しいと要望しました。然しながら彼はなかなか行動を起こさないばかりか“ホンダは世界的な大会社だから必要な金額はホンダ全体から見たらピーナツみたいなものだろうからホンダがもっと支援して欲しい“言って義務の履行をしないのです。このコラムをお読みになっている読者のビジネスマンの方は良くご理解頂けると思いますが一旦契約書を締結したらそれを実行するのはビジネスの基本中の基本であります。

 結局ホンダは日本人駐在員の給与、活動費などを殆ど負担し、また技術指導料の繰り延べ支払いに応じるなど合法的に出来る全ての手段を講じて緊急事態を回避して会社の業績の回復を図るようにしましたが結論から言えばこの合弁会社の経営はうまく行かず10数年後には合弁解消という非常に残念な結果に終わらざるを得なくなりました。勿論関係者はそのような事態にならないように最大限の努力を続けたと思いますが、私見ではありますがこのファミリーとはホンダが基本的に掲げる“人間尊重”と“三つの喜び”という経営理念を共有出来なかったのが合弁解消に至った最大の理由というのが私の結論です。

 先月号で述べた“Lallさん”達は世界一の二輪会社になりもう一方のこのFirodia Familyの会社は合弁解消という180度異なる結果になったのはやはりパートナー選定にあったと私は確信しており現在講演などを行うときに実例として話をしてパートナー選定の重要性を強調しています。来月は四輪車のパートナーについて述べたいと考えています。

   

藤崎 照夫

Teruo Fujisaki

PROFILE

早稲田大学商学部卒。1972年、本田技研工業(株)入社後、海外新興国事業に長年従事。インドでは、二輪最大手「Hero Honda」社長、四輪車製造販売合弁会社「Honda Siel Cars India」初代社長として現地法人トップを通算10年務める。その後、台湾の四輪製造販売会社「Honda Taiwan」の初代社長、会長を務めた後2006年同社退職。現在はサンアンドサンズ社、ネクスト・マーケット・リサーチ社等の顧問として活躍インド、アジア事情に幅広く精通している。

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