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COLUMN コラム

日本人ビジネスマンの見た  アメリカ

2018.06.18

「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」47 『tough negotiator』

北原 敬之

ホワイトハウス

 先週、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長による初の「米朝首脳会談」がシンガポールで行われ、世界中が注目する大きなニュースになりました。筆者は外交や安全保障の専門家ではありませんので、会談の結果について論評するつもりはありませんが、実現が危ぶまれていた首脳会談が開催され、「米朝のトップが交渉のテーブルに就いた」ということは意義のあることだと感じています。今回の首脳会談は、北朝鮮の核廃棄をめぐる米朝交渉のスタートであり、これから、トップレベルから実務レベルまで、両国政府の「tough negotiator」(手強い交渉人)による厳しい「negotiation」(交渉)が始まると予想されます。今回のコラムでは、アメリカの「negotiation」について考えてみましょう。

 筆者は、アメリカ駐在時代に、多くの「negotiation」を経験しました。「negotiation」の相手は、アメリカ人のビジネスマン,弁護士,官僚など様々でしたが、ほとんどの相手が高い交渉力を持つ「tough negotiator」でした。筆者が感じた「tough negotiator」の特徴は下記の通りです。

① 緊張しない,緊張した姿を見せない

 まず違いを感じたのは、交渉が始まる前の様子です。交渉が始まる前は、お互いに挨拶や自己紹介した後、少し雑談や世間話をするのが普通です。スポーツに例えれば、「試合前のウォーミングアップ」でしょうか。
 アメリカ人は、リラックスして、軽いジョークで皆を笑わせたりして、正にウォーミングアップしている人が多いですが、日本人は、リラックスした雰囲気は全然無く、資料を読んだり、じっと前を見つめたりして、交渉開始を前に緊張している様子がはっきりわかります。「緊張するな」とは言いませんが、交渉前に、緊張した姿を見せるのは得策ではありません。「tough negotiator」は緊張しません。それだけの胆力と精神的余裕と自信があるからです。また、たとえ緊張していても、緊張していないように見せる技(演技力?)を備えています。

② 明確な戦略と巧みな戦術

 「tough negotiator」の交渉術は「明確な戦略を決め、それを実行するための戦術を巧みに駆使する。」というものです。戦略は、A:絶対に守るもの B:交渉次第では譲ってもいいもの C:言うだけ言ってみる の区分を明確にすることです。交渉のプロセスでは、Aを守るためにCとBで譲歩することになりますが、同じ譲歩でも、出し方とタイミングを最適化することによって、小さな譲歩を大きな譲歩と相手に感じさせることができれば、交渉上有利です。これが戦術です。

③ 言葉によるバトル

 「negotiation」は言ってみれば「言葉という武器によるバトル」です。論理的な思考力という視点で見れば、アメリカ人と日本人に差はありませんが、それを言葉という武器にして戦うという視点で見ると、子供の時からディベートやプレゼンテーションで鍛えられているアメリカ人と、「沈黙は金なり」で育てられ、空気を読んでくれる日本人同士のコミュニケーションに慣れている日本人では、「言葉力」に大きな差があります。
 交渉結果に基づいて作成される合意文書についても、アメリカ人は一言一句まで合意事項の文言にこだわりますが、これも、「negotiation」おける言葉の重要性を示していると考えられます。
 「tough negotiator」とは、言葉力を磨き、言葉の力で交渉を成功に導く専門家であると言えるでしょう。

④ 直球も変化球も投げる

 トランプ大統領が好んで使う「deal」 (取引)という言葉に象徴されるように、「勝つか負けるか」「取るか取られるか」という厳しい「negotiation」では、相手との駆け引きが重要です。「tough negotiator」は、例外なく、駆け引きに長けていて、野球に例えて言えば、「ど真ん中にズバッと投げ込む直球」も「相手の打ち気をそらす変化球」も両方投げられるテクニックを持っています。「誠意を持って説得すればわかってもらえる」式の日本型「直球勝負」は、個人的には好きですが、直球も多彩な変化球も操る「tough negotiator」との交渉では不利と言わざるを得ません。

⑤ 長時間交渉に耐える体力・気力・集中力

 アメリカでの「negotiation」で驚くことは、とにかく時間がかかることです。日本であれば、「詳細については別途協議する」という日本的な文言で済ませてしまう細かい項目でも、アメリカではすべて交渉する必要があるため、早朝から深夜までのマラソン交渉になるのが普通で、内容によっては数日続くこともありますが、「tough negotiator」と呼ばれる人達は、どんなに交渉時間が長くなっても、疲れを見せず、その能力を発揮します。長時間交渉に耐える体力・気力・集中力は「tough negotiator」の必須条件でしょう。

 「テリトリーや獲物の分配についてメンバー間の厳しい交渉で決める移動型狩猟民族のDNA」を持つアメリカ人と比較すると、「集団としての調和を重視してメンバー間の調整で物事を決める定住型農耕民族のDNA」を持つ日本人は、DNAレベルから「negotiation」能力で負けているのかもしれません。しかし、グローバル化が急速に進み、外交でもビジネスでも国際交渉の必要性が増大する中、日本も、アメリカ等に勝てる「tough negotiator」を育てる必要があるのではないでしょうか。

北原 敬之

Hiroshi Kitahara

PROFILE

京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。

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