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COLUMN コラム

日本人ビジネスマンの見た  アメリカ

2018.12.10

「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」51 『トップの報酬=業績+市場価値』

北原 敬之

Golden Gate Bridge

 日産自動車のゴーン会長が逮捕されたというニュースが日本でも海外でも大きな反響を呼んでいます。ゴーン氏は、経営危機に陥った日産を再建し、ルノー・日産・三菱の3社連合(アライアンス)を世界第2位の自動車企業グループに育てた国際的なプロ経営者であり、筆者も彼の逮捕に大きなショックを受けました。ゴーン氏が実際に不正をしたのかどうかは今後の捜査・裁判で明らかにされると思いますので、法律の専門家でない筆者はコメントする立場にありませんが、一連の新聞報道によると、ゴーン氏が逮捕された理由の1つに、彼の役員報酬が高いと世間から批判されるのを避けるために、有価証券報告書の役員報酬欄に実際の報酬額よりも低い金額を記載した「虚偽記載」の疑いがあるということです。「トップの報酬」が高いかどうかは、日本企業と欧米企業のビジネス文化の違いが根底にあり、単純に比較して高い・低いというのは適切ではありません。今回のコラムでは、「トップの報酬」について考えてみましょう。

 新聞報道によると、ゴーン氏の報酬は年俸20億円(後払いを含む)だそうです。先日、大学の教え子から「年俸20億円は高いと思うか?」と質問されましたが、筆者は「日本人の視点で見ると高い。ビジネスマンの視点で見ると必ずしも高くない。」と答えました。このコラムのタイトルは「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」ですが、言うまでもなく、筆者は「日本人」であり、日本の文化・習慣をベースとした「日本人の視点」でものを考えます。同時に、筆者は日系グローバル企業に37年勤務した「ビジネスマン」(現在は国際ビジネスの研究者)であり、「ビジネスマンの視点」でものを考えます。「日本人の視点」で考えれば、日本企業のトップの報酬は「業績+社内他役員とのバランス+同業他社との比較」で決まるものであり、年俸20億円は高いとなります。「ビジネスマンの視点」で考えれば、グローバル企業のトップの報酬は「業績+市場価値」で決まります。「市場価値」とは、「プロ経営者人材マーケットにおける相場」で、率直に言えば、「どれだけ報酬を払えば他社からのヘッドハンティングを断って自社に残ってくれるか」で決まります。したがって、年俸20億円は必ずしも高くないとなります。

 もう1つ、「プロ経営者」という言葉について考えてみます。「プロ経営者」という言葉には、優れた業績によって高い報酬を得る能力と複数の有力企業のトップを歴任した華麗なキャリアに対する「憧れ」「尊敬」というポジティブな意味がありますが、同時に、「日本人の視点」で見ると、愛社精神よりも自分のキャリアアップや報酬を優先する「個人主義」「ビジネスライク」というネガティブな意味も込められているように感じます。スポーツの世界でも同様で、プロ野球選手が「1つの球団に在籍したまま優れた成績を残して年俸がアップする」ことについては称賛するのに、「FA(フリーエージェント)制度で他球団に移籍して高い年俸を得る」ことについては批判的に見てしまうことがありますが、これも「日本人の視点」でしょうか。日本には「一所懸命」という言葉がありますが、これは「武士が先祖代々の所領(土地)から動かず一生守り続ける」という意味で、「一生懸命」の語源と言われています。また、「武士は食わねど高楊枝」という言葉がありますが、武士は貧しくても体面を重んじる気風のことで、「武士はお金には左右されない」という意味です。これらの言葉が日本人のDNAの中に刷り込まれていて、複数の企業を渡り歩いて高額報酬を得る「プロ経営者」や、複数の球団を渡り歩いて高額年俸を得る「FA選手」に対するネガティブな見方につながっているように感じます。

 近年は、日本企業も「経営のグローバル化」が進んで、外国人役員も増えてきましたが、日本人の社長の報酬よりも外国人の副社長の報酬の方が高いという「逆転現象」も起きています。日本人社長の報酬は「業績+社内他役員とのバランス+同業他社との比較」という「日本基準」で決め、外国人副社長の報酬は「業績+市場価値」という「グローバル基準」で決めるため、発生する現象です。筆者は、以前、日本企業のアメリカ拠点で Executive Vice President を務めていましたが、筆者の報酬よりも部下のアメリカ人Senior Vice President の報酬の方が高かったことを覚えています。日本本社からの出向者である筆者は「日本基準」、現地採用のアメリカ人Senior Vice President は「グローバル基準」で決めていたので、当然と言えば当然です。日本企業のアメリカ拠点でも、アメリカ人幹部社員の報酬をどうするか悩んでおられる企業が多いと思いますが、現地採用のアメリカ人幹部の報酬に無理に「日本基準」を適用すれば、全体のバランスは良くなりますが、市場価格を下回ってヘッドハンティング(転職)のリスクが高まります。

 ゴーン氏の事件は、日産だけの問題ではなく、日本企業全体に対して、グローバル化に伴って解決しなければならない課題をいくつか提示していると思います。その1つが、トップの報酬の問題です。社内にいわゆる「報酬委員会」を設置する企業が増えており、コーポレートガバナンスの観点からは一歩前進と言えますが、報酬の決め方が大きな課題です。グローバル化の進展で、外国人のトップ・役員・幹部社員が増える中、報酬の決め方をどうするのか。内部昇格を前提にした「日本基準」だけでは限界がありますが、日本の企業文化に馴染まない「グローバル基準」を一気に導入するのも難しい。日本と欧米のビジネス文化の違いを踏まえつつ、「日本基準」と「グローバル基準」を併用しながら、経営のグローバル化のレベルに合わせて、身の丈に合った最適な方法を模索していくのが現実的なアプローチであると考えられます。

北原 敬之

Hiroshi Kitahara

PROFILE

京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。

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