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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2019.09.17

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(110)】ロングトレイル

長井 一俊

サンタのオフイス

 日本では「中秋の名月」と呼ばれるほど9月の月は美しい。夏の高い湿度から解放され、空気の透明度が増して兎の姿もはっきり見える。緯度の高い北欧では、角度の差から月の絵柄も変わって見える。『本を読むお婆さん』などと言われることが多い。
 
 そんなある日、大きなリュックサックを背負った、見覚えのある中年男性(トミー・ハッキネン氏)が汗を拭きながら来店して、カウンター席に座った。ランチタイムは終了して、客は彼一人になった。すると『汗臭くて申し訳ない。ロングトレイルを終えて帰宅の途中なんです』とトミーは話しかけてきた。

ロバニエミのオーロラ

 ロングトレイルは、私たちが楽しむトレッキングとは異なり、大自然の中を超長距離、歩きぬくスポーツである。コンディションが違う為、世界記録やルールなどは設定されていない。時には餓死し、時には行方不明になることもあり、危険いっぱいのスポーツである。

 今回彼は『サンタの町』と呼ばれる北極圏のロバニエミに列車で行き、そこから直線で500キロ南のポリの町に徒歩で帰って来たのだ。『歩いた距離は4割ほど長い700キロになりました。1日の平均歩行距離は25キロほどでしたから、約一月間の長旅になってしまいました』と説明してくれた。

北極圏の松茸

 ベテランの彼は食糧を携帯せず、イチジクやクルミ、そして渓流で釣った魚で飢えを凌ぎながら生還したのだ。『お寿司は帰還した自分へのご褒美です』と言いながら、美味しそうにビールを飲み乾した。

 私はトミーに、9月にロングトレイルをやった理由を問うてみると、『落葉が極上のベッドになり、おいしいキノコが食べられるからです』と答えながら私に、出発した翌日に見つけたという「松茸」や3日目に遭遇したというエルク(大鹿)などの写真を見せてくれた。

大鹿=エルク

 私は彼の話に感動して、『私は夏休みを取らず、働き詰めでしたから、9月の下旬に休暇を取ってロングトレイルに挑戦してみたい』と言ってしまった。すると彼は私の白髪を見ながら、いぶかしげな顔をした。それでも私は彼に『初心者に向けて、アドバイスを下さい』と詰め寄った。彼はしかたなさそうにリュックから取り出した折り畳み式の大きな地図を広げて『100キロ以内なら・・・』と言いだした。『それではマラソンの2倍だけで、全く意味がないではありませんか?』と私はムッとして言い返した。

 私は彼の地図を見て、直線で150キロ北にあるワーサの町を指さした。しばらくして彼は『初心者一人では無理です。私が同伴してあげましょう。しかし、私の助けを一切期待しないで下さい。私は貴男に飲み物も食べ物もお分けしませんよ。それにリュックには20キログラム以上を入れてはいけません。携帯品は自分で決めて下さい』と言ってくれた。

 トミーは又、『ゆめゆめ、異性と同伴すれば楽しいだろうなどと考えてはいけません。体力差はあるだろうし、緊張感も薄れてしまい、たちまち大怪我をするでしょう。そして汗まみれ泥まみれ。人間と言うより野生動物に近い行動も強いられるので、恋もいっぺんに冷めてしまいます』と、私の心の中を見透かしたような苦言を述べた。 

 彼は父から譲り受けたガソリン・スタンドを4軒も所有しているので、休暇は自由に取れるようだ。私は『この上ない申し出を頂き、本当にありがとうございます』と言いながら、携帯品を何にするか?と考え始めていた。

 2日後の月曜日、私はデパートへ行き、登山用具の売場を訪ねた。ためらわずに容積35リッターの一番大きなリュックと、最軽量4キログラムの一人用テントを買った。家に戻ってからインターネットで暖かそうな600グラムの寝袋を注文した。しめしめ、残りは15キロ強ある。

 翌日の深夜、店から帰宅すると玄関の前に大きな袋に入った寝袋が届けられていた。早速リュックにテントと寝袋を入れてみると、もうリュックは一杯になってしまった。やっとトミーが「落葉が極上のベッド」と言った意味が分かった。

 次の日、ランチタイムが終わるとすぐに図書館に行き、ロングトレイルのノウ・ハウ本を探しに行った。コンピュータ検索では、ロングトレイルと言う言葉を含む題名の本はなかった。念の為、カウンターの受付嬢に聞くと、『映画化されていますよ。主演は私の大好きなロバート・レッドフオードです』と、聞いてもいない事を教えてくれた。その足でレンタル・ビデオ屋に行ったことは言うまでもない。本を読むよりずっと楽だ。

 映画は、高齢の二人が助けあいながら、コンビニで買い物をしたり、ロッジで宿泊したりで、トミーの言うような本格的なロングトレイルではなかった。     それでも、参考に出来る事も多かった。登山とは違って、文明の利器は出来るだけ持っていかない事だ。トミーのレベルで辛うじて携帯が許されるのは、地図、方位磁石、マッチ、軽量カメラ、釣道具、ナイフ程度だ。好きな食べ物や飲み物を持って行こうとすれば、容量か重量がオーバーしてしまう。

 水は重すぎるので、700グラムの軽量湯沸器を考えたが、電気がないのだから使えない。ガスコンロも考えたが、必要量のガス・ボンベを加えると重すぎてしまう。そこで、アルミ製で木製の柄が付いた500グラムの小型鍋を買った。

 北欧ではポケット・ティシューは見たことがない。トイレット・ペーパーはかさばって入れられない。自然環境保護の観点から石鹸もダメと言われている。
ナイフは木の枝を切ったり、調理に使ったり、時には動物との戦いに使うので、サイズは大きい方が良いと言う。トミーの説によると、初秋は木の実が豊富で、熊の子供も成長しているので、人間を襲うことは少ないが、むしろ危険なのは猪だと言う。段々、心細くなってきた。

 パソコン、携帯電話が無い生活とはどんなものであろうか? 枕無しで眠れるであろうか? あれやこれやと考えているうちに、出発の朝が来てしまった。

(次号に続く)

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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