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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2019.12.09

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(113)】北欧女性の無鉄砲な挑戦

長井 一俊

マダラ状の森林の雪

 北欧は12月に入ると、例年なら夜間に降った小雪が少しづつ厚みを増し、来春までの根雪となる。ところがこの年は雪が少ない上に、時折季節外れの南西の生温かい風が吹き、早朝に張った路面の氷を溶かしてしまう。

 そんなある日のランチタイム、常連客のOL6人が集って来店した。食後に出した熱い緑茶をすすりながら、そのうちの一人バベットが『貴男はこの秋、ロングトレイルをしてきたそうね?』といきなり話しかけてきた。『そうですよ』と答えると、『私達もクリスマス前に有休をとって、貴男と同様にバーサからポリまで、150キロのロングトレイルを計画しています』と言う。『それは無理だ。来春まで待ちなさい』と即座に否定した。

運搬用ソリ

 するとOL達は口々に『貴男に出来て、私達に出来ない訳がないでしょう』と言い出した。私は『10月は食用野草やキノコが採取できたし、まだ雪も降っていなかった』と言いった。

 私にはトミーというロングトレイルの大ベテランが同伴したからこそ、なんとかポリに戻って来られたのだ。未経験の彼女達が、真冬にロングトイレルに挑戦するのは無鉄砲もいいところだ。無事に帰って来られるとは到底思えなかった。

 バベットは『私達フィンランド人はスキーを履いて生まれてきたの。バック・カントリースキーも真冬のキノコ採りも、凍った湖での魚釣りも子供のころから経験しているのです』と食い下がった。

雪中の貴重なキノコ

 確かに冬季オリンピックのスキー競技は北欧人が圧倒的に良い成績を残しているし、真冬に木の根元に顔を出すキノコもある。しかも、北欧の森林は管理が行き届いていて、木と木の間隔が広い。傾斜が少ない森林をスキーで滑れば、徒歩より楽かもしれない。

 北欧人にはバイキング以来培われた「未知は拒まず」という魂が宿っている。そして北欧の娘達はおしなべて、好奇心が旺盛である。異性、タバコ、アルコール、ヘビメタはもちろん、中にはピアス、タトゥー、ドラッグなどに強い興味を抱いている。今度は真冬のロングトレイルだ。

森林管理用林道

 彼女達の無鉄砲な挑戦を止めさせる事は出来なかったが、せめてアドバイスはする事にした。「装備は出来るだけ共用して、荷重を最小限に抑えなさい」「万が一怪我人がでたら、時々交差する森林管理用の林道を西に折れなさい。海岸に並走する国道8号線に突き当たるでしょう」と私が完走を諦めた時の経験を話した。

 翌日来店したバベットは『私達はデパートの登山用品売場にいって、火のおこしかたや、お湯の沸かし方などを教えてもらいました。荷物を軽くするために、二人用のテントと二人用の寝袋を3組注文しました。そして携帯品を楽に運ぶために子供用のソリを一つ注文しました』

 それを聞いているうちに、彼女達がロングトレイルを楽々やってのけるように思え、私も参加したくなってきた。思わず『3人用の寝袋は売ってなかったの?』と馬鹿なことを言ってしまった。

 10日程たったクリスマス開けの土曜日、ランチタイムが終わった暇な時間を見計らったかの様に、メンバーの6人が来店した。バベットが開口一番『こんな暖かい冬は初めて。森の積雪はマダラ状で、いたるところに岩肌や切株がむき出しで、スキーで滑ることも運搬用のソリを引くことも出来ませんでした』とどなるように言った。

 フィンランド人はロシア人と同様に、不都合な話をする時『なぜならば・・・』と失敗の原因から話し出す事が多い。怒られたり、辱めを受けるよりも先に、その理由を話してしまった方が得だと考えるのだ。

 その後にバベットが話した事は: 食料としてあてにしていた湖での氷上釣は、氷が薄過ぎて出来なかったし、渓流では魚は一匹も獲れなかった。そこで最初の二日間はビーフジャーキーとビスケットで飢えを凌いだ。三日目は雪の合間から顔を出すキノコを集めてスープにした。ところが食後、二人が腹痛を訴え、一人はかなり重症で、唇が紫色になった。森の中に救急車は入ってこられないので、携帯で救急ヘリを呼ぼうとしたが、既に皆の電池が切れてしまっていた。夜、暇つぶしにゲームをしたり、ボーイフレンドに電話をしていたからだ。

私の経験から推測すると、彼女達は毒キノコを食べたのではなくて、ゆで方が足りなかったためだ。毒キノコなら全員がもっと重い症状を呈したはずである。食用キノコの中でも、2度ゆでを必要とするものが多くあるのだ。

 4日目は残り少ないチョコレートを分け合いながら、私のアドバイスに従って、林道を海に向かって歩いた。幸い道は狭いながらも平坦で、吹き抜けているぶん、雪も多少は積もっていた。しばらくスキーを滑らせ、ソリを引いていると、たまたま通りかかった林野庁のジープに救助された。

 最後にバベットは『お腹を壊した二人を連れてのロングトレイルは地獄でした。太陽が出ていない時は、方向も判らなかったし、霙(みぞれ)の時は地図や方角磁石を使う気にも成れませんでした。ジープに乗ってから判ったのですが、バーサの町から直線距離にすると、わずか30キロ(目標の5分の1)しか進んでいませんでした』と泣きそうな顔で言った。

 この年のクリスマスはブラック・クリスマスで終わり、北欧人の誰もが、身を持って気候変動に気付かされた。ロングトレイルに失敗した彼女達の悲鳴は、
くしくも今年(2019)隣国スェーデンの少女グレタ・トゥンベリが、大国の宰相達に温暖化対策の遅れを強烈に抗議する事を予言していた。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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