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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2020.04.13

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(117)】お嬢様の変身-その2

長井 一俊

海から見たオウル市

 春分を過ぎると、緯度の高い北欧では日照時間も日々大幅に伸び、ボスニア湾を超えてやってくる、南西の風がポリ市民の顔を明るくする。

 そんなある日の午後、一月前に遥々ハンガリーから自転車でやって来た名家のお嬢様サイヤが、今度は徒歩で、幼い少女を連れて来店した。

 開口一番『私の新しい娘、パナです』と満面の笑みを浮かべながら、サイヤは少女を紹介してくれた。『冗談でしょう!』と言った私に、事の経緯を話してくれた。

アレクサンダー大王像

 「一月前ポリを出発して、海岸線にそって北北西の方向に7日間の自転車の旅をしていました。北極圏(北緯66度33分以北)に入る直前、想像もしていなかった大きくて、活気に満ち溢れた町に突き当たりました。大学とハイテク企業が数多く集まる『北欧のシリコンバレー』と呼ばれるオウル市でした。海に面した美しい町で、私はすっかりその町に魅了され、郊外の民宿に5日間も逗留してしまいました。

 民宿のご家族と一緒に昼食を頂いている時、私の携帯にハンガリーの児童福祉局から電話がありました。数年前からお願いしていた『養子縁組が決まりました』との吉報が入ったのです。私は自転車を民宿に預けて、飛行機でハンガリーに戻りました。

ロマの踊り

 ブタペストの郊外にある孤児院で、この娘が待っていたのです。パナはブルガリア生まれのロマで、母子家庭で育ち、ハンガリーを旅行中に母を交通事故で亡くして、児童施設に預けられていました」

 聞きなれないロマという言葉の意味を私が問うと「差別用語として使われなくなった、ジプシーなのです」とサイヤは小声で答えた。肌の色は茶色く、痩せてはいたが、目がパッチリとした美少女だった。

ロマ少女の占い

 ジプシーの起源にはいろいろな説がある。私が気に入っている筋書きは ;
紀元前4世紀、マケドニアの王子として生まれたアレキサンダー(後の大王)が、早逝した父の意を汲み、ギリシャからエジプトまで、瞬く間に制覇した。さらに、シリヤやエジプト兵士を従えて、東方遠征を行い、一時はインド北西部まで支配した。その後、アレクサンダーはギリシャへの帰国の途につくも、一部の部族は北インドに残った。この人達がジプシーの祖先だと言う説である。

 中世期になり彼等は中東からエジプトを経由してヨーロッパに入った。人々は彼らをエジプシャンと呼び、それがジプシーの語源だという。大多数はルーマニアやブルガリアなどに移住したが、ある部族はチェコの北方(ボヘミア)を回遊した。そこで、流浪の民を意味するボヘミアンと言う言葉が生まれた。ユダヤ人同様、ナチスドイツはジプシーを嫌い、民族浄化の目的で55万人を虐殺したと言われている。

 第二次大戦後まもなくして、日本人をジャップ、黒人をニガー、アメリカ人をヤンキーとする呼称は、差別用語として禁止されたが、ジプシーやエスキモー(現在イヌイット)が加えられたのは1990年になってからである。ジプシーの使う言語「ロマ」が民族の正式名称とされた。どういう訳か『ジプシー』と違って『ボヘミアン』は差別用語とはされていない

 ロマは蔑視をものともせず、古来の演芸や占い、金属加工を生業とし、独自の衣服をまとい自由奔放に流浪し続けてきたが、昨今ではさすがに、子供への教育を重視して、定住者が増えている。

 ユダヤ人は迫害を受けながらも、多くのノーベル賞受賞者を輩出し、世界の経済、科学や医学を先導している。同様に、ジプシーの血を引いていると噂される人の中にも、大成功をしている人はいる。アメリカ大統領ビル・クリントン、作曲家のヨハンシュトラウス2世、女優のリタ・ヘイワード、男優のユール・ブリンナー、フィンランドではギタリストのアンディ・マッコイ達がそうだと言われている。

 話をサイヤに戻そう。EU圏では、子供に恵まれない富裕層の中に、養子縁組により子供を持とうとする人たちが多い。受給のバランスからか、その希望が叶えられるのは、厳しい審査を通った一握りのカップルである。経済的安定、高い教育レベル、社会からの信用などが求められる。サイヤは離婚して、独身である。養子縁組が出来る資格は無いと諦めていた。裏でサイヤの父親が動き、パナがロマであった事が、厳しい審査を例外的に通過出来た理由に違いない。

 そのサイヤが私に『右傾化するハンガリーの教育は、パナには受けさせたくありません。先日行ったオウルの町の小学校に入れて、私もそのそばに移り住みます。サイクリングのコンダクターは友人に任せて、私はネットでの集客に専念します』と言って、私を驚かせた。

 数年前までは、お転婆な名家のお嬢さん、結婚するもご主人の浮気が許せず、カソリックの教えに背いて離婚、家督を放棄して自転車の旅、そして新業態のサイクリング・ツアー会社の創業。今度は母国を捨て、北欧でお母さん業を始めようと言うのだ。何のわだかまりも無く過去を捨て、未来に突き進む。
 
 私は思わず『そんなに簡単に人生の進路を変えるなんて、貴女はまるでロマじゃないですか』と言ってしまった。

 すると彼女は『貴男の事、トウミネン教授から聞きましたよ。学生以来、あっちこっちを旅行して、家族をホッポラカシで北欧でビジネス。そして今度は寿司職人。貴男こそボヘミアンライフを楽しんでいるじゃないですか。私に文句を付けられる立場じゃないでしょう』と言われてしまった。 ガーン!

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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