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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2020.08.04

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(121)】驚愕の細菌たち

長井 一俊

カロリンスカ大学病院

 7月末から8月の初旬にかけて、ポリ市民の多くが海外旅行に出かけてしまう。私がビジネスマンからレストランの経営者になった時、一番心配したのは、店に釘付けにされて、海外旅行も出来なくなるのではないか?という事だった。レストランという自分だけの小宇宙に閉ざされてしまいたくはなかった。

 ところが、それは杞憂だった。私が旅行しなくても向こうの方からやって来てくれる。世界各地に普及した寿司を、ポリの町でも味わえると知って、多くの外国人が来店してくれるのだ。

ウプサラ大学

 この夜も、スウェーデンのウプサラ大学を卒業して、カロリンスカ病院で働いていると言う臨床医がやってきた。前にも紹介したが、ウプサラ大学は植物学者リンネや十数名のノーベル賞受賞者を排出した名門校で、又、ストックホルムの郊外にあるカロリンスカ病院は世界最先端の医療技術を誇り、院内ビルに映画館があるほどの巨大病院なのだ。

「分類学の父」リンネ

 聖職者の父親をもつリンネは、神学で有名なウプサラ大学に進んだ。彼は子供の頃、近所の牧師の影響を受けて植物に興味を持っていた。大学に入ってから「神は何の意図をもって、万物を創造したのか?」を研究のテーマとした。その糸口として、植物を克明に観察する事から始めた。そして植物を、オシベの数によって14種類に大別した。物事を科学する時、先ず分類から始めると、研究がスムーズに進むと考えたのだ。(この功績により彼は「分類学の父」と後世の人から呼ばれている)

 私はスウェーデンに住んでいた頃、ウプサラ市にあるリンネ植物園に行ったことも、風邪のワクチンを注射してもらうために、カロリンスカ病院を訪ねたこともがあったので、医師との話は大いに弾んだ。

リンネ植物園

 私はパブ・レストランを開店するために、食中毒の原因となるサルモネラ細菌やノロ・ウイルスの勉強はしていた。細菌とウイルスの違いは、細菌はミクロの単位で、ウイルスはその千分の一であるナノ単位で生息している事や、細菌の多くは自生出来るが、ウイルスは宿主に寄生しなければ生存できない事、ぐらいは知っていた。しかしこの夜に医師から、驚くべき話を聞かされることになった。

 人間の歴史を800万年とすると、ウイルスの歴史は40億年に及ぶ。この先住民は人間に害を及ぼすこともあれば、貢献することもある。

 最初にビックリしたのは、ウイルスが人の胎児を外敵から守っている、という話であった。胎児の半分は父親に由来するから、母体にとってみれば異質な存在である。よって本来なら、母親の持つ免疫によって胎児は殺されてしまうはずである。しかし実際には、一枚の細胞膜である胎盤によって、母親の免疫の胎児への流入はせき止めらる。そのお蔭で、胎児は生き延びられ、人類は存在している。その胎盤膜は、人の体内に住むウイルスが作ったものである事をウプサラ大学のエリック・ラーソン教授が1970年代初期に発見した。、

 又、大半の細菌やウイルスはコウモリやネズミ等の動物から人間へと感染するが、人間が家畜を飼うことを始めてから、その頻度は増し、さらにペットを飼う事により感染速度が速まった。そして、18世紀の後半に起こった産業革命により、世界各地に人口密集地域が生じて、人間から人間への感染率が高まった。それに乗じて、トキソプラズマと言う寄生虫が多くの人間に住み着いた。

 聞き覚えのないトキソプラズマは、一つの細胞からできている原虫と言われる小さな寄生虫で、時に、人間の行動に密かに影響していると言うのだ。突然、センチメンタルや憂鬱に、ムシャクシャして物を壊したり、恋をしてみたくなったり、急にペットを抱きたくなったり・・・・等々、この小さな寄生虫が人間をマインド・コントロールしていると言うのだ。

 私は冗談だと思い『酒を飲みたくなるのもトキソプラズマのせいですかね?』と言うと、『もう真夜中だ。来月ポリに又来る。私をご指名の患者がいるんだ。その時に詳しく説明しましょう』と言って、診療カバンを手に店を出て行った。

 夜中の2時、帰宅した私は百科事典を引き、さらにインターネットでトキソプラズマを検索してみた。すると、医師が言った事に加えて、トキソプラズマのDNAにはドーパミンを合成する遺伝子が含まれている。この原虫は白血球に忍び込み、脳内に侵入し、ドーパミンの分泌を助ける。

 医師の言うことは冗談ではなかった。ドーパミンは運動機能、ホルモンの分泌、欲情の高揚、学習意欲などに関係していると、多くの学者が言及している。

 トキソプラズマの主たる宿主は猫であると言われている。人間が食料を貯蔵するようになり、その結果ネズミが増えた。ネズミの天敵は猫であることを知った人間は、猫を飼い始めた。ネズミが減っても、猫はペットとして人間に愛された。その結果、猫からトキソプラズマが人間に感染したと言う。

 人間はトキソプラズマに影響されて、恋をして、結婚して子供を作った。食料の備蓄と、その結果増えた猫が、人口爆発を生んだという学者もいる。人間は地球という惑星の生態系の頂点にいると思っていたが、実は1ミクロンほどの寄生虫の繁栄のために、利用されているという事になる。

 そういえば、とても常識では考えられない話を、繰り返し繰り返し述べている世界のリーダー達がいる。同時にそのリーダーを頑固に支持する不思議な人達も多い。みなトキソプラズマによって繰られている、と理解すれば納得がいく。


 

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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