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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2017.04.17

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(79)】サウナいろいろ

長井 一俊

水辺のサウナ小屋

 ポリの中央を横切るコケマキ河は、本格的な春の到来を告げるかのように、シャーベット状の大小の氷片を水面に浮かべながら、ゆっくりと河口方向に動き始めた。
 
 前月末、牧場を訪ねた帰り道、時間に余裕があった私は、3000人が住むというこの村をレンタカーの車窓から見物する事にした。街の郊外に住み、所用がある時だけしか、地方を訪ねる事のない私は、村人達の生活の様子を垣間見たいと常々思っていたからだ。

従来の薪式サウナ

 日本の田舎と違って、村人達は自宅の庭に広い菜園を持ち、キュウリやイチゴを栽培し、鶏や山羊も飼育していた。厳冬期に食材の入手が困難であった頃の名残のように思えた。

 村から国道に戻ろうと、最後の角を曲がるとビックリする光景に出会った。寒さの中、水着姿の十数名の男女が、道端の大きな扁平の岩の上に腰掛けながら、缶ビールをあおっていた。驚いた私は、窓を開けて、『何をしているんですか?』と質問してみた。すると若者の一人が、自分達が座っている岩の下を指しながら『見せてあげましょう』と言って、岩盤の下部に潜む様に作られた小さな扉を開けて、私を中に案内してくれた。

我が家の電気式サウナ

『戦時下、ここは村人達が協力して掘削した、防空壕でした。重火器や非常食も貯蔵されていたそうですが戦後、入口のそばにサウナ風呂を造ったのです。今では村人が毎週火曜日に、白樺の間伐材と缶ビールを持って集まるのです』 
 
 サウナはフィンランド国内に160万ユニットあると言われる。 530万人の人口を鑑みると、その普及率の高さに驚かされる。1世帯の平均人数を4人と仮定すると、サウナは1世帯1ユニットを超える。 別荘におけるサウナの普及率は100%に近いからと憶測される。現に私は、サウナの無いフィンランド人の別荘に行ったことが無い。

 サウナの魅力は、入浴して間もなく、高温のため毛穴が開き、外界で付着した汚染物質はもちろん、皮下に溜まった老廃物も、大量の汗と共に洗い流してくれると感じるからだ。

 フィンランドで最も普及しているサウナは、マイルド・アンド・ウエットと呼ばれ、熱源の覆いの上に積まれたサウナ・ストーン(香花石)に水を掛けて、ロウリュと呼ばれるマイナス・イオンの蒸気を発生させながら入浴するものだ。室温は70~90度と、日本流サウナより低いため、長時間サウナを楽しむことが出来る。

 サウナの内装材には主にスプルース(日本ではホワイトウッドと呼ぶ)が使われる。節目が少なく、肌触りが良い。比重が低い割には耐久性に優れ、しかも安価に入手できる。そして何よりも加工性に優れていることが、素人の日曜大工によるサウナ風呂造りを可能にして、その普及に貢献した。

 都市部では、熱源として、電気炉が主流になっている。薪を炊く手間がかからず、いつでも簡単にサウナに入れるからだ。電気炉は家庭サウナの普及率を格段に高め、それまで庶民の社交場であった公衆サウナの数は減少の一途をたどっている。楽しかった公衆サウナを懐かしむ老人たちの様は、お風呂屋さんの減少を嘆く、日本の下町の高齢者に酷似している。

 フィンランドにはこの他に、スモーク式とトルコ式のサウナがある。スモーク式サウナは文字どおり煙を充満させるもので、サウナの原型と言われる。元々サウナは、鮭やトナカイ肉等を燻製にする加工室であったが、風呂として流用されたものと推測される。前月、牧場で私が経験したのは、このスモーク式サウナであった。水に濡らしたビヒタと呼ばれる白樺の小枝の束で、仲間の背や胸を叩きあい、白樺の香りを楽しみながら入るスモーク式サウナは、太古の野性味を今に伝えている。

 スモーク式サウナに入った後、肌からはほのかに燻製サーモンの香りがする。それまで私は、その香りはサーモン自体が発生したものと思っていたが、それは間違いで、白樺が燃焼する際に発生する香りであった。

 フィンランドの女性は、このスモーク式サウナで出産した人が多かった。トゥミネン教授の父親もサウナで生まれたと言っていたので、サウナ出産はそう古い話ではない。煙によって室内は完全滅菌されるので、衛生的かつリラックスして子供を産む事が出来たのだ。
 
 もう一つのトルコ式サウナは、リゾート・ホテルやスポーツ施設の公衆サウナとして人気がある。ミスティーサウナとも呼ばれ、サウナ室の壁面に隠されたスチーム装置から、白色の霧状蒸気が噴出される。室温は50~55度程度の低温であるが、高湿度の為、入浴するとすぐに汗が出始める。白色の霧の中に、左右に振り分けられた男女更衣室の扉を示す赤色灯だけが光源で、人の輪郭がボーッと見えるくらいだ。そこで、トルコ式サウナはどこでも混浴である。しかも、衛生上の観点からか、水着は禁止されている。裸の男女が一緒に入浴を楽しめるのも、トルコ式サウナの人気の秘密である。 

 私はトルコ式サウナで、一度だけ珍事件に遭遇したことがある。スチーム装置が急に故障したのだ。霧があっという間に消えて、瞬時に空気が透明になり、男女お互いの裸をさらけ出してしまった。日本ならおそらく女性は悲鳴をあげ、男性は大慌てしたに違いない。ここでは、全員が大笑いをした。私はチョット得をした気分に浸ると同時に、「雲散霧消」と言う四文字熟語を思いだし、「霧消」の意味が、「一瞬にして消える霧の様」である事を、この体験により認識した。

 私は時々NHKの海外向けテレビ放送をかけるが、その中で気持ち良さそうに温泉に入っている野猿やカピバラの光景を見た。一方、私は北欧の何百というサウナに入った経験があっても、ペット同伴でサウナに入っている光景を見た事がない。

 人と動物の差は「道具を使う」「火を恐れない」「会話が出来る」等と言われてきたが、動物生態学や遺伝子工学の発達によって、この3大定義は怪しいものとなった。思うに、「サウナ好き」はフィンランド人のアイデンティティーであると同時に、人と動物の差は、「サウナに入るか否か」だけのように思えた。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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