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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2017.08.07

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(83)】東西女子力比べ

長井 一俊

ドーバー海峡を渡ったエデルレ

 観光地であるポリは、8月に人口の満ち引きが2度おこる。初旬には家族連れの観光客が去り、ポリ市民が旅行から戻ってくる。下旬には新学期を迎える学生たちの出入が起きる。帰還したポリ市民は、去り行く夏を惜しむかのように、友人達が集い合いホーム・パーティが盛んに行われる。

 私はアイスホッケーのファンドル選手から、バーベキュー・パーティに誘われた。たまたま休店日の月曜なので、参加することにした。玄関で奥様のエリナが、産み月を迎えた丸々したお腹で迎えてくれた。ご主人のファンドルが『出産予定は、丁度1週間後です』と言いながら、甲斐甲斐しくキッチンとベランダを往復していた。
 

タマラ・プレス

 世に、ナポレオンやヒットラーはもちろん、モーゼ、キリスト、モハンマドといえども、出来ない事が一つだけ存在する。出産である。日本の女性なら、その大事のわずか1週間前に、ホーム・パーティを開くであろうか?

 出産予定日と言われた翌月曜日の朝、私はファンドルに電話をして、エリナの状況を聞いてみた。『エリナは昨夜、ポリ中央病院に入院しました。今日にも生まれるかも知れません。私達のホッケー・チームは、中央病院の裏にあるアイスアリーナで夏期の強化練習試合をしています。練習が終わったら、様子を見に行こうと思います。貴方が見舞ってくれたら、さぞ喜ぶでしょう』と彼は言った。
 
 ポリ市内では美観を損ねる高いビルの建設は、条例で禁止されているが、街はずれの小高い丘の上に建てられた中央病院は例外で、緊急時に誰もが迷わずに来られるような高層ビルで、ポリのランドマークとなっている。

5俵担ぎ

 休店日なので、私はエリナを見舞うことにした。予定日と言えども、自然分娩を選んだ彼女の出産は、何時になるか分からない。日本から送られてきた分厚い小説月刊誌を持って病院に出向いた。ちなみに、WHOの統計では帝王切開を選ぶ人が増えていて、アメリカでは約30%、日本は約20%、フィンランドは18%と示されていた。増加の理由は、「高齢出産」や「痛いのが嫌だ」という人が増えている事に加えて、医者の人数が少ない夜の出産は事故率が高く、その分、訴訟件数も増えている。よって、病院に対する保険会社の医療事故保険料も上昇している。そこで、病院側のペースで行える帝王切開が年々増加傾向にあるのだ。

 正午丁度に病院に到着して、受付でエリナの病室を聞くと、『30分程前に分娩室に移られました。その部屋の前のベンチでお待ち下さい』と、言われた。最初の短編小説を読み始めた時、分娩室のドアが開いて、出て来た担当の女医さんが『無事女児が生まれました。母子ともに健康です』と伝えてくれた。それから間もなく分娩室から看護婦さんに付き添われて、赤ん坊を抱いたエリナが出て来た。時計を見ると1時15分だった。欧米では出産して間もなく、医師から「歩け歩け」と言われるとは聞いていたが、出産して一時間足らずで、ベッドを離れるなど、予想もしていなかった。もう一つ驚いた事に、看護婦さんの後に隠れるように長女のヴァレリアが立っていた。フィンランドでは、娘に出産の様子を見せる事が性教育の一つと考えられているようだ。

 赤ん坊との対面は新生児室のガラス越し、と思っていた私は、彼女から生まれたばかりの赤ん坊を手渡され、緊張すると同時に深く感動した。出産前のエコー検査で女児と分かっていたので、赤ん坊には既にヴァネッサという名前が付けられていた。
 
 力には、体力以外に精神力、忍耐力、持久力など多種の力がある。出産して45分後に、見舞い客へ挨拶する力を何と表現すべきだろうか。「北欧の女子力」以外には思い付かなかった。
 
 「女子より男子の方が強い」と幼心に信じていた私が、最初に「女子力」を知ったのは、海外の事情に明るかった父から、『ドーバー海峡を女性が渡りきった。しかも、それまで男性が作った記録を2時間も短縮した』と聞いた時、西洋にはすごい女性もいるものだ、と驚かされた。
 
 次はローマ・オリンピックをテレビで観戦した時のことだ。ロシアの砲丸投女子選手であるタマラ・プレスが男性並みの記録で優勝した。逸話には「砲丸投げの競技を客席から見ていたタマラ(当時は農婦)が“私ならもっと遠くに飛ばせる!”と飛び入り参加して、大会記録で優勝した」がある。そして彼女の妹のイリナ・プレスは、腕力だけではなく、走力にも優れ、ハードルや5種競技でも活躍した。この姉妹はローマと東京オリンピックで計26個のメダルを取った。

 一方、日本の女性は昔から大和撫子と呼ばれ、大人しく、たおやかであるとされていた。例外としては源平合戦で怪力ぶりを発揮した、木曾義仲の側室、 巴御前くらいだ。 私が、「そうではない」と気づいたのは、30年ほど前の事だった。学生時代から親しくしていた友人が脳腫瘍で夭逝した。葬儀は山形県酒田市にある彼の生家で行われた。葬儀の帰路、なにげなく立ち寄った庄内・山居倉庫資料館で、女性の5俵担ぎ(写真)を見たのだ。
 
 信じ難い力はどこから来たのだろうか? 説明員の答えを聞くと、どうやら「当たり前」がその原動力のようだ。米所では、誰もが米を運び易い様にと、約60キロ入りの米俵が作られた。一度に数俵運ぶのが当たり前だ、と考えられていて、力持ちの女性は5俵(約300キロ)も担げたのだ。それがどのくらい重いかを知りたい人は、スーパーに行って10キロ入りの米袋を買ってみるがよい。
 
 そんな事を考えていると、練習を終えたファンドルが病院に3時頃到着した。彼はチームの要であるミッドフィルダーだけに、練習といえども抜け出す事をしなかったのだ。アメリカなら、スポーツ選手は奥様の出産に立ち会うためチームを離れるのが普通であり、又それが美談として報道される。日本では「役者は親の死に目に会えない」と言われているように、妻の出産に立ち会うために、舞台を外したり、試合を欠場した、などと聞いた事がない。この点でも、フィンランド人と日本人のセンティメントは似ている事を知った。 
 
 ファンドルが病室に入ったので、私の役目は終わった。ヴァネッサが成長して、いつか結婚する時が来たら、その披露宴で『世界で最初に彼女を抱いた男性は、私だ』と言ってやろう、と良からぬ事を考えながら病院を後にした。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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