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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2017.11.27

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(87)】無いものを探す

長井 一俊

中央教会前の独立式典

 北欧では11月も下旬になると、日照時間は日々加速度的に短くなり、広葉樹は全ての葉を落とし、針葉樹は深緑の油性エノグに守られているかのように葉を残す。翌12月の6日はフィンランドの独立記念日で、各地で行われる祭りは雪の中での開催となる。独立したのは今から丁度100年前、第一次世界大戦中の1917年であるが、フィンランド人はいまだこの日を大切にしている。

 この独立記念日を境に、街では本格的なクリスマス商戦が始まり、郊外では庭の樹木や家の外壁がイルミネーションで飾られる。

フィンランド独立記念旗

 米国で発明された赤や緑の発光ダイオード (LED)と日本で発明されたブルーのLEDは、電力消費や街路樹の熱負担を大幅に軽減するため、それまで使われていた豆電球は駆逐され、街は一層明るく華やかになった。
 
 発明とは、世に無かった物を創造する仕事である。しかし、その前工程として無いものを探し出す作業が必要だ。存在する物を見ている人間にとって、存在しない物を探すのは、容易ではない。その点海外旅行は、自国に無い事物を、簡単に見つけられる良いチャンスである。
 
 

対露・雪中戦闘

 しかし、グローバル化やホテルの画一化は、海外旅行客に対して、無い物に気付く機会を減少させてしまった。旅の足を止めて、その場所に長く停まると、無いものが段々見えてくる。フィンランドに来て、ホテルから事務所兼自宅に移り住むようになって、最初に感じたのは、生活必需品であるティシューボックスが無い不便さだった。スーパーに行ってもコンビニに行っても売っていなかった。郊外にある大きなホームセンターを訪ねた時、私はフロアー・マネージャーにその訳を聞いて見ると、『嘗ては売っていましたが、値段が高過ぎてホテル以外にはあまり売れなかったのです』との答えが返って来た。
 
 一般家庭でティシュー無しに、どうやって暮らしているのだろうか、と不思議に思った。取引先の重役宅の晩餐に招待された時、家中を見回してみても、それらしき物は無かった。ところが急用で友人宅を尋ねてみると、各部屋にトイレット・ペーパーがゴロゴロと転がっているではないか。ようするに、客が来る時は隠してしまうが、日常はティシューの代わりにトイレット・ペーパーを使っているのだ。ヴァージン・パルプが使われているので、真っ白で不潔な感じはしなかった。

 同様に、日本で景品によく使われるポケットティシューも普及していないので、外出時はことさら不便を感じた。欧米人は風邪を引いている時など、ハンカチで鼻をかむ。ぞっとする光景だ。しかし長居をしているうちに、私も同じことをやるようになっていた。

 半世紀前、私がストックホルムに駐在して最初の夏を迎えた時、現地の人達は暑い日でもアイスコーヒーを飲まないことに気がついた。私は会社の食堂にある冷蔵庫から氷のキューブを取り出して、アイスコーヒーを作って飲み始めた。誰もが“気持ち悪い”と言って眼を背けた。それでも私は飲み続けていると、私の秘書が試しに飲んでみてくれた。その美味しさに気が付いた彼女は、仲間の秘書達にも薦めてくれた。

 日本に帰国して3年後、ストックホルムを再訪問すると、喫茶店やレストランのメニューに「アイスコーヒー」が入っていた。振り返れば、この時に得た自信が、生涯の仕事である企画会社の設立の原点であった。  

 今回フィンランドに来て、最初に見つけた無い物は、パブでのおつまみだった。おつまみを日本では“あて”と言う。酒のあてと言えば昔は、小魚や枝豆のたぐいであったが、今や日本の居酒屋のおつまみは、その種類数において、レストランを凌駕している。

 私は北欧にも、おつまみが出るパブが出来たら、野火のごとく広がるであろう、と想像した。しかし、実際にレストラン・パブを開いてみると、予想とは全く違っていることが分かった。北欧の人々は仕事が終わると家族と共に自宅やレストランで夕食をして満腹になり、その後に食後酒を飲む。酒好きはその後パブに来て、又お酒を飲む。満腹の彼等の興味はおつまみではなく、友人との会話や異性との出会いであった。

 西洋の酒は、“食前酒” “食後酒”に分かれている。一方日本には “酒の肴” と言われるように、「酒が主、食は従」という独特の文化がある。日本食が料理として完成したのは、戦国時代の武将、細川幽齋(藤孝)によるものとされる。戦いに明け暮れた武士にとって、最も重要な日課は、その日の惨劇を忘れて、ぐっすり睡眠をとり、翌日への英気を養うこと、であった。そこで酒が主役であり、食はその酒を美味しく飲ませる「あて」であったのだ。

 もし北欧人がカロリーの高い夕食をたっぷり食べた後、パブにきて酒を飲みながら美味しい小料理を食べたとしたら、今以上に肥満し、中性脂肪とコレステロールの増加や高血圧に悩まされるであろう。パブでおつまみを食べないのは、北欧人の深層心理に、「肥満回避」があったからだ、と私には思えた。
 
 無い物を発明し、その知的財産権を取得しようと、年間30万件もの特許が日本において出願される。グローバル化に伴って、国際特許取得出願の数も増えてきた。日本からの国際特許出願数はアメリカに次いで、中国と2位を競っている(人口比では、北欧諸国が上位を独占している)。だが、特許が認可された後、その中からヒット商品が生み出される割合は、1%にも遠く及ばない。
 
 無を発見して、有を生み出し、特許を取得する事は困難な作業であるが、それよりも遥かに難しいのは、生まれた商品を「売る」事だ。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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