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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2017.12.25

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(88)】単位の進歩と数え方の劣化

長井 一俊

結氷前のコケマキ河

 ポリの中心を横切るコケマキ河は、数年前まで年末が近づくと厚く結氷したのだが、この2、3年は、薄氷を割りながら、上流から氷片が流れてくる風景に変わってしまった。地球温暖化は北極に近づく程、その影響の度合いが大きいと言われる説は、俄に現実のものとなってきた。
 
 ここ数年、クリスマスを前後して、日本からの観光客が増えてきた。大晦日の前日に、日本人の若いカップルが私の店にやってきた。カウンター席に座るやいなや、女性客の方が私に『北方の空を3晩見続けたのに、オーロラなんて全然現われなかったわ!』と私を責めるような口調で言った。

ポリ市郊外の12月

 私は日本と北欧の間を半世紀も行き来しているが、はっきりしたオーロラを見たのは数回しかない。3晩くらいでオーロラが見られたら、たまったものではない。でも、客は王様。『それは残念でしたね』と私は答えた。

 とりあえず日本茶を出すと、男性客が私に『俺と彼女にマグロを一貫ずつ』と言った。私は両人の前に、ニギリを二つずつ出した。すると彼は『一貫ずつと言ったじゃないの!どうして二貫ずつ出すの?』と私を叱りつけるように言った。どうやら彼は、一貫とはニギリ二つである事を知らないようだ。でも、客は王様。私は『サービスです』と言って彼の機嫌をとった。しかしマグロを食べ終わると、彼は『帆立を一貫ずつ。今度は間違えないでよ!』と私をボケ老人のように扱った。

店頭の雪かきが大変

 北欧人は口数が少ない。中でもフィンランド人は静かで、滅多に論争はしない。「口を開くと寒さが体内に入るから、口を開けないのだ」と外国人から揶揄される程だ。私もしばらく論争から遠ざかっていた。しかし、この若者の非礼と無知には我慢出来なかった。

 私は『寿司の一貫はにぎり二つを言うんだよ。貴男が履いている靴も二つで一足と言うだろう』と教えてあげた。しかし敵もさるもの。『靴は左右同形ではない。寿司とは違うじゃないか』と食い下がって来た。ここで終わったら私の負けだ。少し考えてから『靴下は左右同形だが一足、箸も同形だが一膳と言うだろう。単位は物の基準だから、勉強し直しなさい』と言ってしまった。彼は20ユーロをカウンターに置いて、釣り銭もとらずに彼女を引きずるように店を出て行った。

 しかし翌年、日本に帰国して、大手チェーンの回転寿司に行くと、壁に貼られた模造紙に“今週のサービス。本マグロ一貫100円”と手書きされ、その下に皿に載ったマグロ一にぎりの写真が鋲止めされていた。いつのまにか、一貫はにぎり一つに変わっていたのだ。
 
 久々に家族と摂った夕食の席で、次女が猫好きの友人姉妹の話をした。私は『姉妹の歳の差は?』と聞くと『3個』、『猫は何匹?』『4個』と答えた。最近の日本の若人は、何でも『個』で済ましてしまうのだ。明らかに単位の数え方は急速に劣化している。
 
 話を元に戻そう。年が明けてまもなく、新聞社を定年退職した後、「ルポライター」を自称する大学の先輩が、ノルウェー旅行の帰りに我が家で一泊した。翌朝、庭の新雪の上に兎の足跡を窓越しに見た先輩は『兎が居るのかい?』と私に問うた。『はい、一匹います』と答えた。すると先輩は『君は教養が無いね。兎は一匹ではなく、一羽と数えるのだよ』と言われてしまった。
 
 単位そのものも、その数え方も時代ごとに変わる。かつて北欧諸国の観光案内書に、「我が国はより合理的な、メートル法を採用し・・・」と紹介されていた。北欧は科学の面では、独・仏から強い影響を受けていたのだ。しかし、別荘の庭先の湖に泊めてあるクルーザーに乗った時は『この船は40フィートで、最大速度は30ノットです』と自慢する。飛行機内ではマイレージが、ゴルフ場ではヤーデージが幅をきかせている。

 フィートとは文字通り足の標準的な大きさを1単位とした。マイルとはギリシャ語の千に由来する。歩行する際、右足の爪先が地面から離れ、左足のかかとが着地するまでを1歩として、それが1000回繰り返された距離を1マイル(約1.6キロ)とした。しかし、人により歩幅は違うので、合理的ではない。

 それに対してメートル法は根拠がしっかりしている。ナポレオンが世界制覇を目指す上で、土地から土地への距離を正確に知り、兵馬の糧秣を準備せねばならなかった。そこで彼は、北極点から赤道までの距離を1万キロと定めた。この事を知っていれば、地球1周は4万キロである事がすぐに納得できる。 
 
 単位は難しい。箪笥(たんす)を一竿二竿と数えるのはまだしも、蝶々を一頭、二頭と数える事など理解に苦しむものもある。先輩は『時代や地方ごとに単位は違うし、科学の進歩によりその基準も変化する。単位を勉強するには、人間の一生は短過ぎる』と説いた。

 重要3単位と呼ばれる、質量(重さ)、時間、長さ(距離)は科学の進歩と共に、高い精密度が要求される時代になった。新定義と新計測機器の開発に迫られ、たとえば重量に関しては、蒸留水を使った計測器から、白金とイリジウムで作られた分銅を使用した原器に変わった。しかしナノテクノロジー分野の拡大により、さらに精密なシリコン結晶内の、原子の個数による測定方法に変わろうとしている。

 同様、時間は地球の自転速度を利用した方法から、セシウム原子の放射線周期による算出方法に変わった。長さも、地球の子午線から割り出されていたが、現在はクリプトン原子から発せられる波長が基準となっている。

 このように科学が日進月歩するなかで、言葉に対する軽視が象徴するように、生活全般において人間の文化意識が希薄になる様を見ると、AIが人間を支配する日は、さして遠くないように思えてくる。
 

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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