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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2018.01.22

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(89)】転勤、不倫そして離婚

長井 一俊

樹氷の郊外

 正月から3月末までは、レストランにとって辛い時期である。市民はクリスマスで金を使いはたし、小雪の舞う厳寒の街から人影が失せる。夜半はパブに変身する我が店は、その方の稼ぎで何とか生き延びている。

 
 年末まで暖冬であったポリの街は、正月を終えると突然として北極から大雪を伴う寒気団に襲われ、風景は一瞬にして変わってしまった。冬でも葉を落とさない針葉樹は、雪だるまのように変身した。郊外の丘陵地は蔵王の樹氷を想い出させる光景と化し、コケマキ河では雪を載せた流氷がゆっくりと川下に流れて行く。
 
雪下のコケマキ河 「とても商売にはならない」と、店を早めに閉めようとした夜半、このところ足が遠のいていたライコネン夫妻が来店した。皆がうらやむ美男美女の仲の良いカップルである。いつもは笑顔でカウンター席に座る二人が、暗い顔でテーブル席に座り、額同士がぶつかり合うほどの距離で、小声で話しだした。

 注文された寿司をにぎって、テーブルに運んだ時、『久しぶりですね。体調でも崩されたかと心配していました』と私が聞くと、夫君の方が『昨年の春に私の勤め先の会社が外資系企業に買収されましてね。私はヘルシンキ本社への転勤を命じられました。本社への移動は出世でもありますから、私は赴任する事を承諾しました』と答えた。
 
 夫人は『私はこの街の高校の教師をしていますし、小学校に通う二人の娘達は転校したくないと言い張っていましたから、主人がヘルシンキへ単身赴任となりました。最初の頃、月に2度は自宅に帰ってきましたが、段々足が遠のいて、今回は2ヶ月ぶりに戻ってきたのです。

それでも子供達は

 私は夫がヘルシンキで「女を作った」という噂を風のたよりで聞きました』と、あからさまに状況を説明してくれた。すると夫君は『君の方こそ、毎週かよっているバトミントン・クラブの独身のインストラクターと親しくしている、と耳にしているよ』と、反撃した。私は家庭裁判所の調停員になった気分がした。

 レストランとパブを併営する我が店では時に、昼はホームドラマ、夜はメロドラマが演じられる。ランチとディナータイムは日本食を楽しむ家族連やカップルが笑顔で会話する場所であり、夜の10時からは異性との出会いの場所や、時に恋人同志の別れの修羅場ともなる。幸いにして、他の多くのパブとは違い、呑兵衛たちの吹きだまりにはなっていない。異国の文化を味わいながら飲食したいと思う、少し高級な客が多いのだ。

 日本では、仕事の帰りや旅先で、カウンター席に座って、酒を飲みながら板場さんや、時に女将さんとたわいない話を楽しむ人が多い。(私もその一人だ)一方、欧米ではカウンターに座ると、隣に座る異性を口説こうとする人が多い。若者だけではなく、中高年にもその傾向がうかがえる。欧米人は物心ついてから墓場に行く迄、異性との臨戦態勢が維持されるようだ。

 ライコネン氏の本社への転勤には、期限が定められていない事から、夫婦ともに不安や相互不信にさいなまれていたのだ。妻は学校の仕事と子供の世話で忙しく、夫君の方がポリに通わねばならなかった。経済的にも時間的にも、夫の負担が大きかった。にもかかわらず、子供たちは父親との再会より、友達との交際に忙しく、妻は不満や愚痴をこぼすことが多くなった。

 次第に夫婦間の溝は深まり、遠距離夫婦生活への疑問が増大した。夫婦は、遠隔地から互いに縛り合うだけで、結婚しているメリットが希薄になってしまったのだ。その後しばらくして、ライコネン夫妻は離婚して、それぞれの地で両者とも新しい恋人との生活を始めた。

 世界経済の構造変化にともない、製造工場は北欧の地方都市から中国や東欧に移り、残った部門は大都市への集中化が進んだ。ライコネン夫妻のような悲劇は、ポリのような地方都市では頻繁に起こるようになった。

 私達の子供の頃、日本では終身雇用が当たり前で、「欧米では遠隔地でも給料の良い会社にどんどん転職する」と聞いて、同情と羨望の両方を抱いたものだ。その当時欧米では、夫の給料が圧倒的に妻のそれよりも高かったから、家族で移住するのが一般的だった。近年、とくに北欧では男女間の収入格差が無くなり、子供の要望も反映し、妻子は必ずしも夫の転勤先に同行しなくなった。

 グローバル化の波は企業や経済だけではなく、人の心や夫婦関係をも飲み込もうとしている。日本でも空き家にはアッと言う間に空き巣が忍びこむ時代になるであろう。ライコネン夫妻の様に、伴侶がいい男やいい女であれば、なおさらだ。

 「遠くの親戚より近くの他人」という諺があるが、これからは「遠くの伴侶より近くの愛人」になってしまうのでは、と不安に思われてならない。


 

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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