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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2018.08.06

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(96)】北欧、人生の分岐点

長井 一俊

ポリのニシン祭り

 北欧でも、季節は律儀に廻ってくる。ただ、日本よりも秋は2ヶ月早く、春は2ヶ月遅くやってくる。8月に入ると早、北西の風が秋の気配を運んで来る。しかしまだ白夜の季節は続き、国内外からの観光客は、ポリ郊外のゴルフ場で深夜近くまでゴルフに興じている。

 海外旅行に行った先発隊が、祭り後のような寂しげな顔をしてポリの街に戻って来る。この人達を慰めるかのように、この時期にコケマキ河畔では、“シラッカ・ユフラ”と呼ばれるニシン祭りが開かれる。ニシンを沢山食べて、迫り来る寒い秋冬を乗り切る為の、最初の準備である。

フィンランドのニシン料理

 「北欧人に、神様はなぜ白夜をお与え下さったのか?」等と考えている時、私達が“ビッグ・カップル“と呼んでいる中高年のご夫妻が、しばらくぶりに来店した。二人とも体重は優に100キロを越えているだろう。
 
 カウンター席に座った二人は、いつものように4人前の寿司を注文すると思っていると、ご主人が「カツカレーは出来ますか?」と聞いてきた。豚肉は既に塩と胡椒で味を整えてあり、パン粉をまぶせば、すぐにでも揚げられる。カレーはランチの定食として切らす事は無い。私は「出来ますが、どうしてまた?」と思わず聞き返してしまった。

 カツカレーは実に希有な料理である。「カレー」と「豚カツ」という料理の二枚看板が一つの皿に盛られる。歌舞伎に例えれば、團十朗と菊五郎の共演である。しかし、「カツカレー」はミシュラン星のレストラン・メニューには載っていない。B級グルメのレッテルが貼られてしまっているからだ。

フィッシュ&チップス

 ご主人は私に「昨年の夏は、イギリスとドイツに行きました。現地には美味しい料理が無かったので、毎晩のように回転寿司に行きました。帰国後に“どうしてアングロサクソン(イギリス・ドイツ)の料理は不味いのだろう!?”と友人達に問うてみると、そのうちの一人から『ドイツから分かれたオーストリアには、美味しい料理が有りますよ』と教えられました。そこで今夏はウイーンに行ってきました」 悪口をあまり言わないフィンランド人が、英・独の料理を露骨にけなすのは珍しい。それを聞いた私は、フランス人がイギリス人を揶揄して作ったジョーク「私達は3つの食材があれば、100種類の料理を造れるが、イギリス人は100種類の食材があっても、3つの料理しか造れない」を想い出した。

ウイナー・シュネッツル

 私も、イギリス料理と聞くと「フィッシュ&チップス」ドイツと聞けば「ソーセージ&ポテト」しか思い浮かばない。たしかに日本でも『フレンチ』や『イタリアン』レストランは山ほどあるが、イギリスやドイツの名を看板にしたレストランは滅多に見ない。

 「ウイーンでは名物のシュネッツルが美味しかったので、専門店に何回も足を運びました。そこで会った日本人から、カツカレーのことを聞いたのです」と奥様が答えてくれた。シュネッツルは豚肉をたたいて薄くして、細か目のパン粉をまぶしてから揚げたもので、日本の豚カツと似ている。

 シュネッツルにまつわる逸話は多い。例えば: モーツアルトはウイーンに滞在中、35歳の若さで急死した。原因は長く謎とされていたが、死の直前に毎日のように綴った恋人への手紙の中に、体調異変の状況が詳しく記されていた。最近になって、その手紙を読んだ医者が、ウイルス性肝炎と一致した症状であることに気がついた。モーツアルトが好んで食べたシュネッツルの豚肉が、その発生源と判った。当時、豚は劣悪な環境で肥育されていたことから、ウイルスのキャリアーであったと推測された。イスラム教が豚肉を禁じた理由も、そこにあったのだろう。

 ご夫妻にカツカレーを出すと、“美味しい、美味しい”と言いながら、あっと言う間に平らげて、お代わりを注文してきた。これだけ食べれば太るのは当然だ。二人の血圧や糖尿を心配していると、奥様が「結婚する前は二人ともスリムだったのですよ。ところが、私が最初の子供を産んだ頃から太り始めました。スリムな主人を見て、このままでは主人に浮気されそうだと思って、主人への食事量を増やして、太ってもらったのです。その後の私達の共通な楽しみは、美味しいものを食べる事になったのです。血圧は高目ですが、ダイエットしながら2〜3年長生きするよりも、美味しいものを二人で楽しみながら生きる方が幸せだと考えたのです」と話してくれた。私は、医療も介護も只の国に住んでいるからこそ、出せる結論だろうけれど、少なからず傾聴に値する意見であると感じた。

 アメリカでは「太っているのは低所得者で、高所得者はスリム」と言われている。しかし北欧には賃金格差が殆どない。それなのに、フィンランドにも太った人と、やせている人がいる。その理由の一端を垣間みた気がした。

 日本でも、力士は毎日ハードな稽古をこなしているにもかかわらず、あれだけ太っている。特に飽食の時代に成って、その傾向は顕著である。「土俵の鬼」と呼ばれた初代若乃花の最高重量が105キロであったが、新弟子時代は小兵と言われた御嶽海が今では167キロの体重を誇っている。力士はますます大型(肥満)化しているのだ。結局、体重は運動量ではなく、食べる量で決まってしまうと言わざるをえない。
 
 一般の人の平均体重も、増加の一途を辿っているので、高血圧や心臓病患者の数も増えている。しかし、寿命は確実に伸びている。体重の増加率より医学の進歩のスピードが上回っているからだ。

 幾つか訪れる人生の分岐点で、最大の分かれ道は、「喰気」か「艶気」かの選択であろう。高所得者にスリムな人が多い訳は、男女を問わず裕福な人ほど「恋多き人生」への未練が断ち切れず、その分岐点を先延ばしにしている結果にすぎない。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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