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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2018.09.03

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(97)】あっても良いかな? 比較恋愛学!

長井 一俊

ヘルクタティ

 「雨後の筍(たけのこ)」という言葉がある。表の意味は「雨の降った後に筍が沢山出て来る」だが、裏の意味は「誰かが成功すれば、その後に似た輩が続々と現れる」である。例えばエヴェレストを英国の登山家ヒラリーが登頂に成功すると、後から多くの人々が挑んだ。今では登山を本職としない日本のお笑い芸人も登頂する。

 北欧流に詠み替えれば、雨後の茸(きのこ)である。9月に入ると雨の日が増え、翌朝は沢山の種類の茸がいたるところに顔を出す。美味しいものから毒キノコまで様々だ。

採りたてのクロラッパ

 ヘルクタティ(イタリア名:ボルチーニ)は最高であるが、私は裏の森でスプリ(通称:黒ラッパ)を採取・乾燥させて、日本への土産としている。スープに入れると良い香りが楽しめる。

 さて話は飛んでしまうが、前号で「アングロ・サクソンの料理は不味い」と書いてしまった事に対して、イギリスで学位を取った教授と、かつてドイツに留学した経験のある医者から「日本に文明開化をもたらした英・独に対して、はなはだ無礼だ・・・・」とクレームが入った。

乾燥後クロラッパ

 両人は「人間にとって一番大事なのは食べることではなく、愛することだ。アングロ・サクソンは一歩先を歩いていて、かれらの興味は食事より、精神的なもの、なかんずく恋愛に向けられている」と言うのである。学生の頃、私は愛を語るのは若者の特権と考えていたが、二人は既に後期高齢者なのだ。

 そういえば私も、開店一周年の祝の日、カウンター席に座ったトゥルク大学の大学院生と恋愛について論争した事がある。東洋史と言語学を専攻する彼が、「日本のお見合いという慣習について読んだ事がある。伴侶の選択を他人に任せてしまうのはいかがなものか?」と口火を切った。

 私は「日本もグローバル化して、今は北欧と大差がありませんよ」と言った。

ヒラリーのエヴェレスト初登頂

 その答えに満足しなかった彼は「日本人はナイーヴで、自分の欲望を表に出せないのではないか?」とさらに攻撃してきた。ナイーヴと言う言葉は、日本人が理解しているような「繊細」とか「純心」といった褒め言葉ではなく、「意志薄弱」とか「知能が未熟」と、相手を見下す時に使われる。そこで私も反撃せざるを得なくなった。

 「漢字も少し勉強した」と言う彼に私は、紙ナプキンに「恋愛」という二文字を横書した。「西洋ではLOVEの一言で全てを表現するが、日本人は状況に応じて、博愛、純愛、敬愛、溺愛、等と沢山の言葉に使い分ける。ここに恋愛と書いたが、それぞれの文字の下に人と加えてみると、恋人と愛人になる。恋人からは、楽しい現実と未来への夢が、愛人からは、まま成らぬ現実と未来への不安が感じられる」と苦労して彼に諭した。

 次に愛の起源について話が始まった。彼は「紀元前4世紀に古代ギリシャに生まれたプラトンの著書に、人間は4つの手と足と眼を持って生まれた。成長するに従って傲慢になり、神に反抗するようになった。そこで神は人間を二つに裂いてしまった。すると、神に反発する事を忘れて、合体して元の身体になろうと、もっぱら相手を求める事に夢中になった」と蘊蓄を披露してきた。

 私は「人類より遥かに長い歴史をもつ鳥類でも、寝食を忘れて卵を孵化しようとする。母性愛が愛の起源ではないか」と切り返した。彼は帰りがけに「私はトゥルクの町に住んでいますが、実家はポリにあるので、月に一度は寿司を食べに来ます」と言って帰って行った。

 丁度一月後に彼はやって来た。勉強してきたのだろうか、かれはとんでもないマニアックな質問をしてきた。「Kanetsugu Naoe (直江兼続:米沢藩、上杉家の家老)は愛の一文字を兜の前立てにしたのは何故か?」と問うて来た。“分からない”では日本人の恥。そこでいつものように、「緑茶をいれましょう」と言ってキッチンに行き、考える時間を稼いだ。彼の生まれは越後、であれば宗旨は親鸞の浄土真宗であろう。親鸞の愛は万人への寛容であった。そこで私は、「戦場では殺戮から逃れられない。兼続は神への許しを乞う為に、愛の一文字を掲げたのであろう。免罪符のようなものだ」と出任せを言って切り抜けた。

 その後も彼は月一で来店し、私達は愛について語り合った。私は彼に「日本には互いに愛しながらも、相手の立場や将来をおもんばかって、我が身を退いてしまう“忍ぶ恋”という形もある」と言うと、彼は「北欧では到底考えられない。魅せられた人に既に恋人や伴侶がいたとしても諦めない。その結果“奪う愛”と“守る愛”の攻めぎ合いに成る」と彼は答えた。

 「北極圏でトナカイや羊を追って生活をするイヌイットは、極寒の中を訪れた男性客に、食事と酒を振る舞い、宵は妻に客への夜伽をさせる慣習があった」と彼は言い、私は「太平洋の南の島々で、人々は壁の無い風通しの良い高床式の家に住んでいる。夜中には村の男性が夜這いにくる。よって、生まれた子の母は分かるが、父は誰だか分からない事も多い。その為、土地や家屋は母系に相続される」等々の話をした。

 彼はその後、マレーシアの大手企業に就職し、以後来店することは無かった。最後に交わした話では「マリリン・モンローが“女性の最愛の友はダイヤモンド”という歌をヒットさせた。世界的に愛より財産が優先するようになったのは寂しい限りだ」と意見が一致した。

 そして、「世に“比較言語学”があるように、“比較恋愛学”があっても良いのではないか。国と国、民族と民族の理解が深まり、国際結婚が増加して、戦争の無い世界への路が開かれるのではないか」との結論に達した。
 

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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