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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2018.10.29

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(99)】北欧人のプライド

長井 一俊

晩秋、コケマキ河畔の午後3時

 晩秋、ポリの町を横切るコケマキ河は様々に表情を変える。川面に沈む太陽、河畔の紅葉や新雪が、暗く長い冬を迎える人々の心を慰めてくれる。
 
 デイナータイムが終り、パブの時間になると、店にはよく中年の女性が一人でやって来て、カウンター席に座る。緑茶を出しながら『サービスです』と言うと、笑顔と共に会話が始まる。

今秋初の積雪、コケマキ河正午

 初めての女性客に対してはいつも『ご同伴の方は、もうじき来られますか?』と問いかけることにしている。その答えのほとんどは『来てくれる人が居ればいいのだが・・・』と、独身中であることを告白する。離婚したか否かを問われる前に、自分から話してしまう方が、プライドが傷つかないようだ。

 グローバル化が進む中、民族の持つプライドも標準化が進んでいく。特にユーロ圏では、人と物の移動が自由になり、外国人への偏見が薄れつつある。それでもまだ、北欧人独特のプライドは残っている。自分たちの祖先が勇敢なバイキングであった事や、ナチスやロシアに屈服しなかった事を誇りとしている。

コケマキ河上流の晩秋

 女性は、厚化粧はせず、華美な服装もせず、清楚である事にこだわっている。先日、ホテル・ランタカルタノで開かれた、キモさん主催のディナーパーティに出席するため、私はタクシーで友人宅に立寄った。お酒が入るパーティには、タクシーを相乗りして参加するのが習慣になっている。友人の奥方が、旅先のウィーンで買ったというドレスを着て、私を出迎えてくれた。すると後方から『ママ、そんな服はダメ。ロシア人と思われちゃうわよ!』と娘さんの大声が聞こえた。たしかに、ロシアの女性は豪華な服装を競い合っている。

 北欧で若い女性がグッチやシャネルのハンド・バッグを持っているのを見た事が無い。香港に行った時、ペニンシュラ・ホテルの前に止まっているのは、ロールス・ロイスかベントレーばかりであった。しかし、私は北欧でこれらの車種を見た試しが無い。北欧人は海外の成金が持つような、クロコのバックや高級車に、嫌悪感を持ったとしても、プライドを持つことはない。

 男性のプライドは「無口で静かな振る舞い」と「ウオッカを飲んでも、酔いつぶれない事」だ。時に、私のパブでも男性客同士がウオッカの飲み比べを始める。度数が高い酒なので、極めて危険な行為だ。私は途中で、二人に対しては酒の販売を中止する事にしている。

 先日、私はカウンター越しに、若い二人の女性客の深刻な会話を聞いてしまった。寿司を食べ終わると一方の女性が、『プライドの高すぎた貴女の元彼が、貴女の浮気を知って、自殺してしまってから一年が経つわね。ショックはおさまった?』と問うと、『当時とは全く違う心境になれたわ。私が浮気した相手は、事件を知ってすぐに、私から逃げて行ったの。私はダブルショックを受けたけれど、私を死ぬほど愛してくれた人がいた事で、これからの人生もプライドを持って生きて行けそうだわ』

 小国の地方都市に住んでいれば、浮気はすぐにバレてしまう。私は女性の独身者に「なぜ再婚しないの?」と問うた事が何度もある。その答えは「男性は浮気をする動物。又浮気されて、再度プライドが傷つけられるのはご免だわ」
がほとんどだった。 

 人は年齢や男女を問わず、失恋する事を至極の恥と考えるようだ。その過程で生じる嫉妬心を他人には決して見せようとしない。プライドが許さないのだ。一度失恋すると、以後恋愛を忌避する人が多い。最近、日本同様北欧でも、インターネット上に出会い系サイトが急増している。ここで知り合ったカップルなら、別れる時が来てもプライドに傷がつかない、と思っているようだ。

 恋愛を忌避した人のプライドは、カルチャーに向けられるようだ。カウンターに座った二人の女性の一方が『エッ! あなたはオペラを見に行ったことが無いの! あなたはカルチャーに興味がないのね』と言うと、もう一方の女生は『失礼ね、私はシェクスピアを原文で読めるのよ』と怒ったように言い返した。

 数日前、ランチタイムに若い夫婦が5歳くらいの女児を連れて来店した。女児は、私の握るわさび抜きの寿司を待ちながら、絵本を見ていた。寿司を出し終わった私は、その絵本を見せてもらった。見開きの左側のペイジには、車体に“FOR  TOKYO”と書かれたオレンジ色の電車に、沢山の動物たちが乗り込んで行く様子が描かれていた。その右側のペイジには、到着した電車からウインナー・ソーセージが連なって出て来る図が書かれていた。私はラッシュ時の寿司詰め電車を想い出し、東京で生まれ育った私の“江戸っ子のプライド”が粉々に散ってしまった。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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