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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2019.01.21

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(102)】兎の耳

長井 一俊

冬は真っ白、我が家の兎

 正月が過ぎると北欧は、極寒の季節が始まる。私はベランダに大きな寒暖計を設置して、屋内から外の温度を見ることを朝の楽しみの一つにしている。

 庭先を見ると、真新しい雪の上に兎の足跡が縦横に見える。我が家の兎は日中、林檎の樹の下の穴に隠れ住み、滅多に顔を出すことは無い。早朝の雪面が、兎が元気で暮らしている事を証してくれる。面白くもあり、家族である私を安心させてくれる。兎は夜行性と言われるが、実は薄明薄暮性である。夜に行動していたら、未明に降る雪で足跡はかき消されてしまうはずだ。
 
オネス・トジョン 鳥は嘴、猫は爪、犬は鋭い歯を持っているのに対して、兎は何の武器も持っていない。生き抜くためには、ひたすら敵から逃げるしか術は無い。幸い大きな耳を与えられ、敵の行動をいち早く察知できる。

 そんな一月のある日、中高年の男性達がゾロゾロと来店した。この町の退役軍人会のメンバーが私の店で二次会を開いてくれたのだ。寿司を肴に日本酒を飲みながら、相変わらず第二次世界大戦と、その後の苦労話を始めた。

 それを聞いていると、北欧五国は兎に似ている、と思えてきた。小さくとも国土の保全と安全保障が国民への最優先課題である。

三角翼戦闘機

 幸いな事に、北欧五国のうちアイスランドとデンマークは日本同様、四方を海に囲まれているし、ノルウェーは海とスウェーデンに挟まれている。スウェーデンはロシアとの間に、フィンランドというショック・アブゾーバーがある。

 大変なのはフィンランドである。国境の東は、覇権を国是とする大国ロシアである。ベルリンの壁が崩壊して以来、フィンランドはユーロに参加しながらも、直接NATOのメンバーには入らず、友好国 (PFP) に停まっている。「決して東の熊を怒らせてはいけない」と中立国に準ずる姿勢を保ち続けているのだ。

 歴史的にも北欧五国は生き残るために、それぞれの戦略を練って生き延びて来た。ウイリアム・テルが活躍した13世紀に、「中立」を宣言したスイスにならって、スウェーデンはアメリカの独立戦争、デンマーク(当時はノルウェーを含む)はナポレオン戦争の時代に、「中立」を宣言する策をとった。

 その上で、中立国は万が一に備えて、国防費に大きな予算を割いている。かつてスイスは、アメリカが開発した戦闘用ロケット“オネスト・ジョン”を一早く導入した。スウェーデンは最速の三角翼ジェット機を独自に開発した。フィンランドは徴兵制を維持しながら、アメリカのF-18戦闘機を配備している。よって、これらの国は「武装中立国」と呼ばれ、かつて日本が理想としたような「非武装中立国」ではない。

 「中立」を標榜すると、外国人の往来は頻繁になる。人と共に東西両陣営から沢山の情報も入ってくる。北欧5カ国は国交を密にして、これらの情報を共有し、国土保全と安全保証策を慎重に練っている。小国といえども、大きな兎の耳を持っているのだ。

 中立国は又、両陣営の諜報員が跋扈する舞台ともなっている。私が長いあいだ親しくしていた友人も、彼の死後、親族の一人から「彼は某国と契約した麻薬関連の情報官であった」と聞かされた。よく耳にするジョークにこんなものがある。: ある中年男が、奥様の尾行に気付かずに、愛人とホテルに行った。そして不倫の現場を奥様に押さえられてしまった。窮した彼は『これは私の仕事のうちなんだ。実は私の本業は、ある国から依頼された諜報員だ』と言い訳をした。 こんなジョークが生まれるのも、あたりまえな環境なのだ。

 その他にも、中立国ならではの役割を負う事にもなる。スイスでは重要な国際会議場を提供し、スウェーデンは両陣営のパイプ役を任されている。(米国と北朝鮮は国交がないので、スウェーデンが仲介役になった)

 話を元に戻そう。退役軍人達はいつもの様に、祖父母や両親から聞かされた話を交し合った。第二次世界大戦の初期、雪風吹の中、手製の焼夷弾とドイツから支給された旧式の銃火器でソ連の戦車隊と勇敢に戦った事。しかしこの抵抗が原因で、フィンランドは日独伊とならんで敗戦国に位置づけられてしまった事。それまでフィンランドはその地形から『踊る貴婦人』と呼ばれていたが、その左手の位置にあたる北部地方と、ソ連との国境線に接するカレリア地方の東半分を、ソ連に割譲されてしまった事、等々であった。

 退役軍人会の長老の一人は、「カレリア地方から母の手に引かれ、『ソ連からできるだけ遠くに逃げるのよ』と言われ続けて、長い道のりを歩いた。行き着いたところが西海岸のこのポリの町だった」と話した。

 もう一人の長老は、聞き耳を立てている私に向かって『日本人は偉い。戦利品として、半世紀以上昔に取られてしまった領土の返還交渉を、いまだ粘り強く続けている』と言った。彼はその後すぐに、会員達に向かって『諸君!君たちの中に、離婚の際に失った不当な示談金を1セントでも取り戻す努力をした者はいるか?』と問うた。会員達は皆、下を向いてしまい、私は「ほめ殺し」にあったような気分になった。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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