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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2019.05.13

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(106)】噴煙で空は大混乱

長井 一俊

5月の白樺林

  北欧の5月は、白樺林がことのほか美しい。5月1日のメーデーが、多くの大都市では「労働者の抗議の日」であるのに、北欧では「春を迎える歓びの日」である。白樺の美しさに、闘争心が洗い流されてしまった結果に違いない。
 
 フィンランドではメーデー以前から、5月1日はヴァップ(魔女達の宴)と呼ばれる祭りの日であった。又、フィンランドではかつて、高校を卒業すると、成人と認められた。5月1日は、その歓びを体一杯で表わす無礼講の祝日でもあった。今では卒業生ばかりでなく、一般市民も卒業式に被った白い学生帽で町に繰り出し、若き日の想い出に浸った。

白い学帽のメーデー

 この日の午後3時、ちょうど客足が途絶えたころ、スチュワーデス(今ではCA)と見紛う、ブルーのスーツを着こなした二人の女性がやってきて、カウンター席に坐った。イチゲンさんが、いきなりカウンター席に坐るのは珍しい。きっと何か訳がありそうだ。
 
 「私達姉妹はアイスランドで小さな旅行代理店を経営しています。貴男のお名前は、ポリの観光課の方から頂きました」と姉の方から切り出した。

噴煙は九千米

 市役所からの紹介では、丁寧に対応せねばならない。取り敢えず緑茶に日本から届いた和菓子を添えた。こんどは妹が「ご存知のように、半月前に起こったエイヤフイヤトラヨーク山の噴火で、空の運行が止まり、滞在していた客は帰国出来ず、苦労してとった予約は全てキャンセルされてしまいました」と泣きそうな顔で言った。

 私もテレビで見たが、噴火柱は9000メートル上空まで達し、噴煙は全ヨーロッパを覆った。今や国際線の殆どはジェット機で、その推進力は空気中の酸素とジェット燃料が混合する際に生じる熱エネルギーによって生み出される。火山灰を大量に吸い込むと、酸素と燃料の混合が断たれ、飛行が不可能になってしまう。今回の混乱は、平時においては史上最大規模と言われている。
 妹が「この噴火により殆どの産業が被害を受けていますが、とりわけ観光業界は大打撃を受けました。航空会社は資金力がありますが、私達のような小規模な旅行代理店は、すぐに経営に支障が出てしまいます。私達はポリの観光会社から、団体ツアーの現地手配を下請けていました。内金を払って予約を確保していた、ホテルや観光バス、レンタカー等すべてをキャンセルせざるをえませんでした。ポリの元請けの観光会社も旅行客から、返金を迫られていると聞いています。ホテルも開店休業の状態です。被害額を最小限に抑えようと、互いに厳しい折衝が続いています」と顔を赤らめて言った。 

 姉は「ポリの観光課に相談に参りました。あまり参考になる返事は聞けませんでしたが、最後にその方が『大災害が頻発する日本では、なんらかの対処法を備えているでしょう。この町に私がよく行く日本レストランがあります。経営者から日本での事情を聞いてみてはいかがですか』と教わりました」と、私を値踏みするような目つきで問いかけてきた。

 参考意見を聞きたいと言われても、何を話せば良いか、かいもく検討がつかない。私の経験したのは、企画した屋外でのイベントが雨で中止になり、注文したお弁当の処理で大変な苦労をした程度だ。こんな大災害の対処法を聞かれても、答えられる訳がない。

 しかし、頼りにされながら何も答えないのは、日本男児の沽券にかかわる。そこで「日本には災害救助法が制定されています。直接の犠牲者は、助成されます。しかし、旅行代理店等の二次的損害を補填してくれるかどうかは知りません」等と言いながら時間を稼いだ。

 想い出したのは、古典落語の一番人気、大岡裁き「三方一両の損」だった。
「今回の問題の解決には、役に立たない話しでしょうが」と言ってから、その落語の概要を話した: 江戸っ子の大工・吉五郎が三両入った財布を落とした。それを江戸っ子の左官・金太郎が拾った。財布の中に入っていた書き付けで、落とし主を知って、三両を返しに行った。ところが、吉五郎は「諦めていた金だから、受け取れない」と言い張った。金太郎も「他人の金を貰うわけにはいかない」と突っ張った。この争いは奉行所の大岡越前の裁きを受けることになった。越前は白洲に置かれていた三両の上に、自分の財布から出した一両を載せて四両とし、二人に2両ずつ分け与えた。奉行から賜わったお金を断る訳にはいかず、両人はその2両を受け取った。落とし主は3両の金が2両になり、一両の損。拾い主はもらえるはずの3両が2両になり、一両の損。そして大岡も一両を損して、争議を終結させた。

 それを聞いて、姉の方が「みんなに“損を等分に分かち合いましょう”と言えば、納得してくれるかも知れない」と遠くを見つめるように、目を細めながら言った。   
  
そこで私は「日本では大きな自然災害によって生じた損金は、複数年にわたって税控除が受けられます。税務署に相談してみては、いかがでしょう。上手く行けば、今回の損失は取り戻せるでしょう」と最後に言った。
  
 数日後、お蔭様で交渉はスムーズに進み、希望が出て来ました、旨の姉妹連名のE-mail が届いた。

 学校で学んだ経済学は、役に立った試しは無かったが、落語の知識が役にたったとは、実に愉快であった。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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