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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2019.06.24

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(107)】フィヨルドの不安

長井 一俊

フィヨルド上流

 夏至祭を半月後に迎えたポリの街は、白夜を楽しむ市民や観光客で夜中まで賑わっている。北欧の6月は、長く厳しい冬を耐えた北欧人への、神からのご褒美である。

 学校は既に夏期休暇に入り、ポリの学生達は歓び勇んで旅に出る。一方、ポリは観光地。沢山の観光客が国内外からやってくる。レストランやパブにとって、まさに書き入れ時である。私の店も酔客のために夜中の2時迄営業する。

フィヨイルド観光船

 そんなある晩、長い一日を終えて、閉店を告げる立看板を店先に出そうとした時、サマースーツを着た中年の紳士と白髪の老人が来店した。お寿司を食べたいと言う。夜のパブでは、手間の掛る寿司は出さない事にしている。しかし中年紳士から『この老人は御年95歳。死ぬ前にもう一度、日本人が握った寿司を食べたいと言っている』と頼まれてしまった。

 95歳の老人の願いを断る訳にはいかない。大急ぎでキッチンに戻り二人分の
寿司を握って、升酒をサービスした。中年紳士が『私達はノルウエーから観光で来ました』と自己紹介をした。すると老人も『私は昔、捕鯨船に乗っていた。

切り立った岸壁

 捕鯨オリンピックではいつも日本人と競い合った』と、しわがれ声で話してくれた。
 
 捕鯨オリンピックは、戦前戦後南氷洋で盛んに行われたが、個体数の減少から採算がとれなくなり、下火になった。1970年の初頭、当時圧倒的な発言力を持っていたアメリカが、捕鯨禁止を国連で提案すると、それに賛成する国が続々と現れ、日本とノルウエーだけが残されてしまった。そんな事もあってか、この老人は『日本人が大好きだ。漁船で日本にも立ち寄った事がある』と言って表情を和らげた。

フィヨルドにも滝や花

 ところが私は、ノルウエーには縁が薄い。それには訳がある。最初に首都のオスロを訪ねた日が、たまたま日曜日だった。飛行場からのシャトルバスでホテルに向かったが、チェックイン時間には間があった。街中のレストランに入り取り敢えずビールを注文した。するとウエイターが「日曜日は、禁酒デーです」と言われてしまった。その後一度だけ、取引先に頼まれ、世界一の絶景と言われるフィヨルドを案内したが、以後足を向ける事はなかった
 
 中年紳士が私に、『ノルウエーで何か知っている事がありますか?』と質問をしてきた。北欧人は外国人が、自国をどれ程知っているかに強い興味を持っている。私は「人形の家」の著者イプセンと「叫び」を描いたムンクを知っている、と言ってから『貴国の王室は世界一開かれていると聞きました』と答えた。

 2001年8月にそれを象徴する出来事があった。この国の王太子ホーコン・マグヌスが、シングル・マザーのメッテ・マリッドと結婚した。前夫の父親は麻薬常習者として服役暦があり、彼女自身も前夫と、麻薬で悪名高いパブに入り浸っていた履歴の持ち主であった。

 この結婚には国民の大多数が反対したが、彼女は自分の過去の不祥事をテレビで涙ながらに告白し、王太子も「王位継承権を放棄する覚悟が有る」と言って、国民の心を繋ぎ留める事に成功した。・・・日本とは大きな差だ。

 この話題を嫌った老人は、話を昔話に戻した。『私の船は気仙沼に停泊したことがある。その時食べた寿司の味は忘れられない。又、三陸海岸がフィヨルドに似ていると感じ、同時にこの地形では津波に襲われたら大惨事になるだろうと心配した事を憶えている』と言って、まぐろを頬張った。

 確かに三陸のリアス式海岸はフィヨルド同様に、入り江が深く陸地に食い込んでいる。リアス式海岸は地核変動により、陸地が陥没したところに、海水が流入して出来た。

 一方フィヨルドは氷河期が終り、北欧を覆っていた氷河が北極海に向かって後退した時、その氷河の深い爪痕に海水が流入して出来た。さらに、氷河の重さから解放された台地は隆起し、フィヨルドの形を一層複雑にした。

 フィヨルドを挟み込む山腹は、その後の風化も加わり、岩盤はもろくなった。
一部の岩盤が崩落してフィヨルドに落下し、水位80メートルの巨大津波が沿岸を襲った例は歴史上珍しくはない。20世紀にもこの種の津波が2度発生し、1953年には63人、1958年には40人の死者が出た。人口が小さく、まだ観光客も少なかった当時のノルウエーにとっては、大惨事であった。

 山腹の岩盤崩落に加えて、新たな心配が出て来た。既にアイスランドやグリーンランドの沖合では、温暖化による氷河の崩落が多発している。中には100億トンを越える氷河が崩落することもあり、巨大な津波が発生している。ノルウェー沖で同規模の氷河の崩落があったら、津波はフィヨルドを遡り、未曾有の災害が起きてしまう。

 ノルウエー人の心の中に津波の心配は日々大きくなっている。その不安を、2009年にTHE WAVE という映画が見事に描き出している。この映画は外国語映画部門で、アカデミー賞を取ったが、津波への恐怖を一層煽った。

 日本では、老人が心配したように、東日本大震災において、津波が三陸地方をはじめとする多くの入り江を急襲し、大災害をもたらしてしまった。

 日本では“地震、雷、火事、おやじ”と言われてきたが、亭主の権威が失墜した今、“おやじ”を“津波”に変えて、明日にでも起こりうる、太平洋沖の巨大プレートの崩壊による最高水位の津波に、今すぐにでも対処せねばならない。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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