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COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心

2019.03.11

【グローバル人事管理の眼と心(43)】報酬管理制度の設計とメンテナンス(その12)~「集中管理(centralization)」か「分権管理(decentralization)」の考察~

定森 幸生

 グローバルに事業を展開する企業において、人事管理に関する諸制度の基本理念に沿って、国を超えて「フェアに」運用することは経営上の重要な命題です。なかでも、報酬管理制度については、様々な角度から運用実態やその有効性を観察し検証することが大切です。なぜなら、全社的な人件費管理の会社方針や給与制度・福利厚生の実務に関する専門的な知識や理解が乏しい一般社員であっても、自分自身が感じるままに会社の報酬管理制度が「フェア」であるとか「アンフェア」であるという判断を、いとも簡単にしがちだからです。

 その意味では、日本国内の本社と支社・事業所で働くすべての役職員を対象にした報酬管理制度の運用は、本社の人事部署(HR department at corporate headquarters)で一元的に管理し、会社の制度の詳細(理念・方針・趣旨・運用方法など)を全社員に説明し、制度の公正な運用に向けた会社の努力を理解させることが合理的で現実的だと考えられます。

 しかし、労働関連の法令や労働市場の動向、社会全体の規範(norms)や慣行(practices)などが、本社(corporate headquarters)の所在国の法的要件や社会的要請とは様々な点で異なるホスト国で事業展開しているグローバル企業の場合は、単に日本本社が global corporate headquarters だという理由で全世界の事業拠点の報酬管理制度を一元的に集中管理することには、実際問題として様々な制約がありますので注意しなければなりません。

 一般に、海外事業拠点の数が多い大組織ほど報酬制度の設計や運用を本社の人事部署で集中的に管理 (centralization) するほうが、制度運用実務上の効率性や経済性などの観点から好ましいと判断されることが多いようです。その場合、主に次のような点が考慮されます。

① Corporate headquarters の中に、各国の労働市場における給与水準や福利厚生の実態調査を担当する専任の部署を置き、必要に応じて社外の報酬管理専門のコンサルタントを起用することによって、全社的に公正な制度運用のノウハウを効率的に蓄積することが出来る。
② グローバルな事業運営に必要な人件費の動向をタイムリーに把握しアップデートすることによって、他の経営資源の効率的な調達体制やコストとも併せて考慮しながら、地理的条件も含めた人的制限の最適活用の戦略を練ることができる。
③ 労働組合対応がデリケートな国や地域の実情を把握し、ホスト国での企業イメージの低下(reputation risk)など全社経営に与えるリスクとそのインパクトを検証し、適時必要な対策を講じることが出来る。

 一方、多くの国に事業拠点を置いている大組織の場合でも、各ホスト国の事業拠点の運営責任者に報酬管理の権限を委譲し、現地の実情に即した制度設計や改変を柔軟に実行できる分権管理体制(decentralization)を選択する例もあります。その場合、主に次のような点が考慮されます。

① ホスト国の経済発展の度合いや労働関連法の規定が、日本の実情と比べて大きく異なっていたり、さらには外国資本の企業に対して自国の労働者の雇用に関して特別の法的義務が課される与件のもとでは、第35回で採り上げた「社内的公正(internal equity)」は実現できても、「社外的公正(external equity)」を実現しにくいため、ホスト国で雇用された社員を対象にした制度の運用を優先させる必要がある。
② ホスト国の民間企業の給与水準や福利厚生に関する精緻な調査データが入手困難であったり、入手可能なデータでは自社の社員に対する報酬内容を決断することが必ずしも現実的でない場合を想定して、合法的で合理的な制度運用の自由度を現場の責任者に付与することが、「社内的公正(internal equity)」と「社外的公正(external equity)」公正を調和させるために効果的である。
③ 上記①②に該当するホスト国では、経済発展や国外からの直接投資の増加に伴って、法的・社会的要請が比較的頻繁に変化することが考えられるため、現地責任者に権限を委譲してそれらの変化に機敏に対応させるほうが合理的である。

 集中管理(centralization)か分権管理(decentralization)かに拘わらず、海外拠点の報酬管理制度の運用に日本本社が何らかの形で関与する際に、最近特に注意すべき2つの点について簡単に言及しておきます。

 第一は、日本本社が、ホスト国の社員の人事管理上の重要な意思決定(報酬決定はその代表例)に関与していることが明らかになった場合、ホスト国によっては、そのホスト国の社員と日本本社との間には実質的に雇用関係が存在するものと見做され、昇進や雇用期間など報酬以外の重要な雇用上の処遇について日本本社社員と同等の扱いを要求されるリスクが生じます。

 ホスト国の報酬全般は、一部のグローバル経営幹部職層を除いて、ホスト国の労働市場の実情や社会的規範に沿って決められますから、報酬そのものを日本本社並みにするよう要求されることは考えにくいですが、ホスト国の事業拠点の雇用条件と比較して日本の処遇が有利と考えられる場合は、日本本社との雇用関係の有無が論争の的になる可能性を認識しておく必要があります。例えば、ホスト国社員に配布するすべての雇用関連文書の作成者は、それぞれのホスト国の事業拠点の経営管理責任者と特定するなど、日頃からホスト国事業拠点と日本本社は別個の独立した法人の関係(arm’s length basis) であることを明示する配慮が大切です。

 第二は、ホスト国事業拠点から日本本社に、ホスト国社員の人事データを送る場合、その目的が、日本本社が報酬制度の運用に当たって社内的公正を実現するためであっても、また中長期的なタレントマネジメントに活用する善意の目的であっても、ホスト国によっては事前に社員の同意を必要とする場合があります。本来の目的は、インターネットによる商業目的での個人情報の拡散リスクをコントロールすることですが、グローバル人事管理の現場にも少なからずその影響が及ぶことになります。その最も顕著な例は、2016年4月27日制定の「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation: 略してGDPRと呼ばれます)https://eugdpr.org/」です。EU域内に子会社を持つ日本企業や日本本社の人事制度の運用に関してEU域外(日本本社)に個人の人事データを移転(インターネット送信)する場合も、この規則を遵守する必要があります。
詳細は割愛しますが、日本企業の間ではGDPRの認知度はまだまだ低く、違反企業には莫大な制裁金が課せられることがありますので、この規則のコンプライアンスの観点から、必要なデータ・システム構築・整備に万全を期す必要があります。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE

1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

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