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COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風

2017.04.07

【チャオプラヤー川に吹く風(49)】タイ人のコミュニケーションスタイル その4~タイ人の微笑み

齋藤 志緒理

バンコクのタマサート大学(タープラチャン・キャンパス)構内の植え込みで微笑み、ワイをする人形(筆者撮影)

タイ国はよく「微笑みの国、タイランド」と称されます。「観光業界が、タイの売り文句として考えた言葉である」などと言われ、「最近のバンコクでは、せわしない日常を生きる人々が、笑顔を浮かべる余裕をなくし、このフレーズがあてはまらなくなった」という現実的な声も聞かれます。とはいえ、タイ国を訪れ、現地の人々の穏やかな、優しいスマイルに接して、印象深く感じたことのある方もいらっしゃることでしょう。

今号では、このタイ人の「スマイル」を取り上げ、タイ人にとっての微笑みの意味を考えてみたいと思います。

●「微笑みなさい」としつけられるタイ人

笑顔によって、人は相手への親近感を表現し、自分に敵意のないことを示します。言葉が通じない外国でも、笑顔は対人関係の潤滑油として、大きな役割を果たします。

そうした笑顔の効用は万国共通と言ってもよいかもしれませんが、日本人とタイ人を比較した時に、まず大きく異なるのは、積極的に「微笑み」をしつけるかどうかです。

日本では、ぶすっとしていて、無表情なわが子に対して、親が「まったく、もう少し、愛想がよかったらいいのにねぇ…」と、ぼやくことはあるかもしれませんが、「微笑みなさい」と口を酸っぱくしていうことはあまりないでしょう。しかし、タイでは、親は日常的に「イムノイ!」(微笑みなさい!)、「イムスワイノイ!」(きれいに微笑みなさい!)などと子どもに言い聞かせます。幼い子がそうした親のしつけに応えて可愛らしく微笑むと、「よくできたねぇ~」などと褒めて、子どもが自発的に微笑んでいけるよう導きます。

●タイ人には「13種の微笑みがある」

ヘンリー・ホームズ&スチャーダー・タントンタウィーはその著書『タイ人と働く――ヒエラルキー的社会と気配りの世界』(めこん刊、末廣昭訳・解説)で「タイ人はいろいろと顔の表情を使って、<イム>つまり『ほほえみ』の内容を巧みに使い分けることを誇りにしている」とし、以下のように13種の微笑みを紹介しています(p.55-59、右側の説明は、筆者が編集したものもあります)。

(1)イム・ターン・ナムター=「涙が出るほどに幸せ」な心情を表す微笑み。
(2)イム・タック・ターイ=挨拶の微笑み。
(3)イム・チューンチョム=相手を称える微笑み。
(4)フアン・イム=冗談が面白くなくても笑わねばならない時の作り笑い。
(5)イム・ミー・レッサナイ=心中の悪意を隠す微笑み。
(6)イム・ヨー=からかう時や、「ほらごらんなさい」という含意の微笑み。
(7)イム・イエーイエー=「覆水盆に返らずだから、嘆いても仕方ないでしょ」という意味の微笑み。
(8)イム・サオ=悲しみを表す微笑み。
(9)イム・ヘン=「ドライ」な作り笑い(借金した相手に、返すお金がない時など)。
(10)イム・タック・ターン=「あなたの意見には賛同できない」意の微笑み。
(11)イム・チュアチュアン=勝者が敗者に対して向ける「私の勝ちだ」の意の微笑み。
(12)イム・スー=「勝ち目のない闘いに直面したときの」微笑み。
(13)イム・マイオーク=「笑おうとするけれど顔がこわばってしまう」微笑み。

一つ一つの微笑みに名称があることには驚かされますが、タイ人は、実生活の様々な場面で、「よし、今から “イム~”を顔に出すぞ!」と意識して表情を作り分けているわけではなく、シチュエーションに応じて反射的に出るものです。

言葉に出さなくても、「微笑み」で自分の心情を細かく表現でき、受け手もそれを読み取れるのは、まさに、タイ人のコミュニケーションスタイルが、(本シリーズ「その1」で紹介した)「高コンテクスト」な様相であることを示しています。

●日本人が理解できない微笑み

上記のスマイル・リストの中には、日本人は普通同じ状況でも微笑まないだろう…と思われるものもあります。例えば(12)の「イム・スー」です。中島マリンは、「タイ人の微笑みは、『あなたの敵ではないですよ。仲間ですよ』という意味以外に『怒らないでください。許してください。降参しました』という意味を持つ時もある。それが窮地をしのぐための微笑みだったりする」と述べています。

同氏はタイ語通訳の経験から、「タイ人は微笑んではいけない時によく微笑んで日本人を怒らせている」と言います。イム・スーは「微笑んで場の状況を改善すること」であり、タイ人は悪いことが起きた時に微笑んで、その場の緊張を和らげようとするのだそうです。

タイには「ジャイディ・スー・スア」(虎に優しくしてその場をしのぐ)という言葉もあり、虎のような怖い相手に怒られた時は、むすっとしたり、黙って下を向いたり、反抗的な態度をとったりすると、相手を怒らせてしまうので、ソフトに刺激をしないよう、微笑みながら相手に接するとのこと。(『タイのしきたり』めこん刊、p.55)

このことに関連し、日本在住歴が長い、筆者のタイ人の友人は、故郷からお母さんが来日した時の話をしてくれました。お母さんは東京の街を歩いていた時、路上でうっかり女性にぶつかってしまいました。とっさに(何も言わずに)にっこりほほ笑むと、その女性は、怒りを露わにして憮然と立ち去って行ったのだそうです。「私が日本に長く住んでいなかったら、彼女が怒った理由を、母に説明することができなかったでしょう」と友人は言います。

日本人は、誰かに迷惑をかけた時、自分の非を認めるのであれば、普通、神妙な顔をしたり、うつむいたり、申し訳なさそうな表情をします。と同時に「ごめんなさい」「すみませんでした」という言葉も発します。

一方のタイ人は微笑みを浮かべることで、謝罪の念や、相手に対して悪意がないことを示そうとします(タイ人同士なら言葉を介さず、笑みだけでも気持ちは通じます。)――それを知らずに日本的なリアクションを期待すると、「謝りの一言もなく、何をへらへらしているのだ」「自分が悪いと思っていないのでは?」と、怒りを増幅させてしまうことになるのです。

嬉しい時、楽しい時、幸せを感じる時など、ポジティブな気持ちを表出するスマイルは、いずこも同じですが、タイ人はネガティブな状況にある時も微笑みます。そのことを心に留め置けば、日本ではあり得ない場面で、タイ式スマイルに遭遇しても、戸惑わずに済むでしょう。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE

津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

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