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COLUMN コラム

マーライオンの眼差し

2017.10.02

マーライオンの眼差し (30) シェアリング・エコノミー

矢野 暁(サムヤノ)

<功罪と本質>

 モノやサービスなどを多くの人と共有して利用する「シェアリング・エコノミー」が、最近流行りになっていますね。インターネットなどの技術進歩が大いに貢献しているわけですが、個人的には結構「懐疑的」に感じることもあります。タクシーにしても宿にしても、今まであんなに規制していたのに、「共有することはいいことだから」というお題目の下、あら不思議、普通の家や車を開放して、不特定多数の人から金銭対価を頂いてもよいことになりました。とってつけたような「決まり事」はありますが、「ゆるゆる」との印象は未だに否めません。
 こんなことを言うと、「あなたは何て寝ぼけたことを言っているんだ! そういう古い考えの保守的人間がいるから、なかなかイノベーションが起きないんだ。」という声が聞こえてきそうです。確かに試行錯誤を経てはじめて、イノベーションが社会に受け入れられていくようになり、より調和の取れた新社会システムが構築できるのでしょうが、そもそも「シェアリングすることで本当によりよい社会となっているのか?市民がより幸福感を抱ける社会を構築できるのか?」という根源的な本質を、一つ一つのサービスやビジネスモデル毎に問い質す必要があると思います。
 特定の企業や市民層にとってベネフィットをもたらすとしても、一方で事業・仕事、安全・安心、利便性、幸福感等々を失っている人たちが沢山いるとしたら、或いは社会に効率性や環境改善などのベネフィットをもたらす一方で、従来は無かった又は少なかったような犯罪・事故や緊張・軋轢などが生じるとしたら、何だか「本末転倒」のような気がしてなりません。

<身近で考える>

 私は何も頭からシェアリング・エコノミーを否定しているわけでは全くありません。まだ評価するだけの十分な体験もないですし、シェアリング・ビジネスの大部分が緒に就いたばかりで、これから試行錯誤を経て改善・洗練化していくものと信じています。
 なぜこんなことを考え書いているかと言えば、それはここシンガポールでもシェアリングが急速にキーワードになりつつあり、身近に様々なサービスが増え、日常化されつつあるからです。この島は、こうした「実験」にはうってつけの場所なのは間違いありません。
 例えばGrabやUber。これらがシンガポールに導入された当時、家内・友人・社員など周りの人たちが利用しているのを傍目に、安全や信頼性に不安を抱いていた私は頑なに利用を拒みタクシーを使い続けていました。しかし今の私はGrab利用が日常化し、ベトナムやインドネシアへの出張時にも現地で使っているほどです。日本と異なりタクシー運転手が安全運転で顧客対応が丁寧か?といえば、必ずしもそうではないので、アプリの便利さに加えて、むしろGrab運転手の方が「感じがいいなあ」と思うことが多いです。(それでもUberは、同社の姿勢全般が自分のポリシーに合わないので一度も使ったことがないですし、使う気にもなりません。)
 ただ、こうやってGrabを利用しながら、タクシー会社・運転手はどうなっていくのかなあ?と素朴な疑問も抱きます。GrabやUberに吸収されていくのか、廃業するのか?? シンガポールにおけるタクシー運転手のライセンス取得者が、最近激減しているそうです。それはそうですよね。ライセンスなくたって、自家用車を運転してお金稼げるわけですから。

<シェア自転車>

 もう一つ、16年以上シンガポールに住んでいて、今年になり突如として自転車が街のあちこちで見られるようになりました。シンガポール人は日本人のように日常生活の中で自転車を利用しません(自転車を乗り回すインフラは東南アジアでNo.1なのにも拘わらず、です)。小さい国土の中に地下鉄やバスなどの公共交通機関が非常に発達していますので、家から駅やスーパー、学校まで自転車にひょいと跨いで、というのが殆ど必要ありません。そもそも常に暑い、そしてスコールがいつなんどき襲来するか分からない中で、いくら健康に良いからと言って、自転車を使おうという動機付けは極めて希薄なわけです。自転車に乗る機会は公園でのサイクリング、本格的なサイクリストのトレーニングやツーリング、そして外国人(特に西洋人)による通勤利用などに限られます。
 そこへシンガポール政府の「スマート・シティ」構想などの一環として、LTA(陸上交通庁)がシェア自転車(bike sharing)を春先に市場開放し、同庁から許可を受けた中国企業のofoとMobike、地元シンガポール企業のoBikeの3社が既に1万台以上の自転車を市場に配備しました。8月後半には、4社目となる地元SG Bikeも新たに参入し、LTAが目指す2万台の規模に迫っているようです。

朝の通勤時間帯に歩道に乗り捨てられていたシェア自転車(筆者撮影)のサムネイル画像

観光客だろうか? 自転車に乗る習慣があまり無かったシンガポールで、突如として最近よく目にする光景だ(筆者撮影)


 2万台が多いか少ないかはわかりませんが、果たしてどの程度シャア自転車がこの島で広く普及するのか、そしてシェアすることでどのような効果(弊害)がどの程度あるのか、定かではありません。少なくとも一部の観光客・訪問者にとっては便利な選択肢かもしれませんが。
 しかし、歩道のみならず、街のそこらじゅうに無節操に自転車が放置され、通行人の邪魔となっている光景は、決して気持ちの良いものではありません。私の住んでいるコンドミニアムでも、正面入り口前の歩道や、何と敷地内にまで乗り捨てられていることがよくあります。市民から不満の声が噴出しているのも頷けます。LTAによる警告や罰則、そして各社による新システム導入により対策は講じられつつあるようですが、このような基本的な弊害は事前に予測できたはずです。Airbnbやライドシェアで起きている問題の多くが、事前に予測できていたのと同様です。
 政府や自治体、サービス提供会社が対策を講じるだけでなく、利用者側も目先の便利さだけを求めるのではなく、シェアリング・エコノミーの功罪を見極めつつ、声を上げていくべきでしょう。シェア自転車の放置を目にしながら、そんなことに思いを巡らす今日この頃です。


朝の通勤時間帯に歩道に乗り捨てられていたシェア自転車(筆者撮影)


朝の通勤時間帯に歩道に乗り捨てられていたシェア自転車(筆者撮影)

矢野 暁(サムヤノ)

Satoru Yano

PROFILE

慶應義塾大学を卒業後、東南アジア諸国における経済・社会インフラ開発に従事。その後、英国投資銀行にて、食品・飲料、ヘルスケア、衣料、小売等の分野のクロスボーダーM&Aの仲介・助言業務に携わる。ベトナム政府に対する国家開発支援アドバイザー、同国での多岐にわたるベンチャー事業の成功を経て、1999年にCrossborderをシンガポールに設立。ASEANを中心に、B2C・B2Bの事業を問わず大手日本企業や中堅企業がアジアで新規市場参入および事業拡張・改善をするために、戦略、組織、パートナーシップ、マーケティング、人材などの面で支援を行っている。また、アジア・ASEANや異文化・リーダーシップなどをテーマとする企業向けセミナーおよび社内研修の講師も務める。シンガポール経営大学(Singapore Management University: SMU)の企業研修部にて、日本企業、多国籍企業、シンガポール企業へのプロジェクト・コーチ&ファシリテーターも兼務。「アジアから日本を元気にする!」と「草の根レベルで地道にコツコツと」をモットーに、アジアを駆け巡りながら毎月の訪日も欠かさない。シンガポール永住。

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