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COLUMN コラム

駐在員のための中国ビジネス ー光と影ー

2016.10.31

駐在員のための「中国ビジネス―光と影―」(第40回)中国ビジネス余話

菅野 真一郎

天の寺院(北京)

(3)自社工場の未使用土地没収事案

前回は稼動中の工場の立退き事案について報告させていただきましたが、今回は調達した工場用地の未使用部分について、土地使用権譲渡契約書に記載した工場建設計画の未達成を理由に、計画実現を迫る工業開発区側が「計画実現が難しければ、未使用土地は没収する」と通告してきたものです。

本件の土地契約時期は2004年です。当時中国は1998年就任した朱鎔基総理の強力なリーダーシップのもと、食糧自給率の低下を喰い止めるべく全国の工業開発区の見直しを行い、乱開発や違法開発の工業開発区を2~3,000か所閉鎖し、沿海地区の耕地を潰す新たな工業開発区の設置を禁止する政策を採用したため、沿海地区を中心に工業開発区の駆込み設置や拡張が相次いだ時期です。外資進出が活発で土地代は値上がりしてもおかしくない時期でしたが、各工業開発区とも先を争って外資誘致に走ったため、土地代はむしろ安値安定という状態でした。そして工業開発区の閉鎖や整理縮小を免れるため、販売ロットを大きくとり、とにかく工場を建設してしまおうという方針が工業開発区管理委員会の一般的傾向でもありました。外資側も成長する中国経済とマーケット拡大に対する期待が大きく、土地代も割安なため、工業開発区の準備する土地使用権譲渡契約書ひな型をそのまま使用し、工場建設計画をやゝ安易に約束してしまうケースが多かったように思われます。工場建設計画はあくまで“計画”だから、実際には多少の遅延や変更は大目にみてもらえるだろうという予見で契約調印をしたとしてもおかしくない状況だったと思います。

ところで上述の工業開発区見直し作業も完了し、改めて全国の政府公認の工業開発区が制定されると、今度は政府は土地使用権譲渡価格の安値是正、正常化方針を打ち出しました。全国の工業用地を15等級に分類し、最低譲渡価格を制定した「全国工業用地譲渡最低価格標準」が2007年1月1日施行されました。
一等840元/㎡から十五等60元/㎡まで最大14倍の開きがあります。場所によっては安値時の5~6倍にもなっています。しかも外資の中国進出は多少頭打ち傾向が見えてはきたものの相変わらず旺盛なものがありましたので、工業開発区によっては“門前市をなす”状況といわれておりました。経済過熱を懸念する当局は無論開発区の新規設置や拡張を認めませんので、既売却の未使用地の活用に眼をつけたとしても不思議ではありません。しかも土地代の最低価格は数倍に値上がりしていますので、大増収が見込める訳です。

さらに、当時2007年の全人代での温家宝総理(2003年3月就任)の政府活動報告を読むと、「三、経済の良好で速い発展をはかる」と題する2007年の経済発展計画の中で、「(三)エネルギー節約、環境保護と土地の節約・集約利用に大いに力を入れる」として、次の様に述べています。

「土地を節約し、集約的に利用することは、現在の経済・社会発展にかかわるだけでなく、国家の長期的利益と民族生存の根幹にかかわることである。土地問題で、われわれは決して取り返しのつかない歴史的誤りを犯して、子孫に禍根を残してはならない。全国の耕地1億2,000万ヘクタール以上という一線は必ず守らなければならない。最も厳格な土地管理制度を断固として実行する。‥‥‥第3に工業の土地使用を確実に抑制し、工業用地譲与最低価格基準を厳格に適用すべきである。第4に建設用地の租税・費用(公祖公課)政策を徹底させ、土地譲与の収支管理を規範化し、国有地使用権の譲与にかかわる収支を全額地方予算に組み入れる規定を確実に実行する。第5に土地管理責任制を厳格にする必要がある。土地監視査察制度を徹底させる。土地をめぐる各種の法律・規則違反事件はすべて厳しく調査処分する。」

今回の未使用地没収の動きは正に温家宝総理の政治報告の方針を先取りした現場の対応の一例ともいえます。 当該事案で会社(大型自動車部品関連企業)側は、未使用地の3分の1に建屋を建設する計画を提出し、残りについては生産品の需要見通しを考慮しながら検討をしていく方針でありましたが、工業開発区側は未使用地全体の利用計画提出を要求してきていました。
事業家であれば、将来の増産を期待して広めの土地を確保するのは至極当然の経営判断だと思います。問題は土地使用権譲渡契約の際、工業開発区の契約書のひな型をそのまま使用して将来の工場建設の時期を約束してしまった点にあると思います。工業開発区側はとにかく大型外資には是非来て欲しい訳ですから、かかる工場建設の約束は交渉によって拒否することも可能な筈ですし、現にそのような事例もあります。
私は企業の中国進出サポートの時、土地調達の留意点については次のようなアドバイスを行っていましたし、現在も不変です。
即ち「土地使用に係る条件である建ぺい率・容積率・緑化率・建物構築物(煙突等)の高さに関する制限・(第2期工事以降に利用予定の)未使用地上建物建設期限の有無等を確認、特に建物建設期限については第1期分も含めて全て制限を撤廃する様開発区側と交渉して下さい。事業に関する許認可取得が遅れたり、事業計画を変更する必要がある場合、建物建設期限は大きな制約要因になりかねません。」

本件の場合、会社側はいろいろ検討した結果、ゼロ回答は避け、2~3年後には必要となる数千㎡の建屋を前倒しして建設するものの、それ以上の架空の計画は出せないという毅然とした態度で臨みました。私も個人的には賛成ですので、以下の様な論理で何とか工業開発区側を説得したいと考えました。

一.土地使用権譲渡契約には第2期建物建設を約束しているものの、需要見通しからみて時期尚早である。計画は需要見通しに基づいてつくられるもので、需要見通しがたつまで待って欲しい。
(需要見通しに関係なく設備投資を行うのは、計画経済の弊害であり、中国はこれを改革しようとしている筈。)
二.今中国は過熱投資を抑制しようとしている筈。不要不急の設備投資は政策に逆行するのではないだろうか。
三.自分達は土地代が値上がりしたからといって未使用の土地を転売して利益をあげるようなことは絶対にしない。その旨念書を提出してもよい。
四.既に進出している企業がハッピーでなければ投資は長続きしない。今いる企業をもっと大事にして欲しい。

かかる交渉には、店子(会社側)と大家(工業開発区側)との普段からの良好な関係、相互信頼が大事であることは論を俟ちません。
本事案の土地面積は約10万㎡で第一期工場はその内の2/3を使用し、しかも総投資額の60~70%を既に投資しているので、国土資源部公布の「未利用土地処理弁法」第2条の“未利用土地“にはそのまま該当するわけではないのですが(「着工されたが、開発建設の面積が開発・建設すべき総面積の1/3を下回っている、または投入した出資額が投資総額に占める割合が25%を下回っている、且つ許可を得ずに開発建設を満1年連続して休止している場合」)、「中華人民共和国都市部の国有地使用権の払下及び譲渡に関する暫定条例」第17条で、「契約に定める期限及び条件どおりに土地を開発、利用しないときは、市、県政府の土地管理部門はこれを是正させなければならず、且つ情状に応じて警告、過料、更には土地使用権の無償回収の処罰をすることができる」とあり、本事案の会社と開発区の土地使用権譲渡契約書で第2期工場建設の時期を約束していて、既に大きく期限が過ぎているため、第2期工場の全体建設計画が提出されなければ、未利用土地(全体の1/3、約4万㎡)を没収すると迫られていたものです。

当社は、その後種々検討した結果、需要見通しがたたない以上、架空の工場建設計画は提出出来ないこと、中国のマーケットが全国的展開をみせはじめており、将来工場増設をする場合、果たして現在の場所(広東省)がよいのか、それとも消費地を考えて第2の工場立地を選定するべきなのか検討する必要があること、むしろ別の場所を選択する可能性が高くなりつつあること等を踏まえて、未利用土地は開発区管理委員会に返上する方針を打ち出しました。

返上する際の条件としては、
① 稼動中の第一期工場の操業に支障をきたすような境界線引きをしないこと(十分な緑化地帯や車輌通行、転回スペースを確保する)
② 無償でなく購入時の土地代(面積相応)と諸経費(税金、契税等)をカバーすること
③ 返上用地の有償土地代入金に関する諸経費(税金関係等)をカバーすること
④ 返上土地に入居する工場については事前に会社側の同意を得ること(ライバル企業や廃棄物処理工場などは回避したい)
を開発区側に伝えることにしました。

回答期限当日、以上の条件と共に未利用土地返上を伝達し、開発区側は「会社側希望は基本的に理解できる。協議書締結の準備に入りたい」と述べました。
会社側の一番の心配は“一期分も含めた無償没収の可能性”(土地使用権譲渡契約書の文言)でした。
約4万㎡という比較的まとまった用地の返還に開発区側も安堵し、実務部門の責任者が30歳半ばで比較的柔軟な頭の持ち主だったことも幸いしてスムーズに事が運んだものと思います。
なおその後の中国の自動車需要の順調な拡大から、第2期工場はやはり大口ユーザーに近い別の開発区に建設することになり、第1期工場の未使用土地返還は結果として正解でした。

最後に、今後も新規工場進出に限らず、中国側との契約にあたっては中国側の契約書のひな型使用は慎重に検討し、修正すべきと思われる点は堂々とその根拠・理由を示して修正を要求すべきと思う次第です。

(つづく)

菅野 真一郎

Shinichiro Kanno

PROFILE
1966年日本興業銀行入行、1984年同行上海駐在員事務所首席駐在員、日中投資促進機構設立に携わり同機構初代事務局次長、日本興業銀行初代上海支店長、同行取締役中国委員会委員長、日中投資促進機構理事事務局長を経て、2002年―2012年みずほコーポレート銀行顧問(中国担当)、2012年4月より東京国際大学客員教授(「現代中国ビジネス事情」)。現在まで30年間、主として日本企業の中国進出サポート、中国ビジネスに係るトラブル処理サポートの仕事に携わってきた。

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