グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.02.16

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(51)】歴史の生き証人として

長井 一俊

2月下旬、霧氷に凍てつく白樺

2月下旬、霧氷に凍てつく白樺

一年で一番寒いとされる1月20日を、日本では24節気の一つ「大寒」と呼んでいるが、ここポリの街が一番寒くなるのは、2月の下旬である。日照時間が延び、モノトーンの世界を脱して青空が戻ってくるのだが、この時期に街を横切るコケマキ川に張る氷が、最も厚くなるからだ。北海道の網走町で、オホーツク海からくる流氷が大量に接岸する2月下旬が、一番寒くなるのと同様だ。

この最寒期には、霧氷が葉を落とした庭の白樺の小枝を被覆する。蔵王などの山岳地で見られる樹氷も、霧氷と同様の寒冷現象であるが、樹氷はポッチャリと膨らんで、見る者に暖かさすら感じさせるが、霧氷は痩せていて、見るからに寒々しい。

この頃ポリでは、かなりの数のレストランが廃業し、売りに出される。もう少し待って春になれば、レストランの売上げは急速に回復するのだが、資金繰りに窮してしまったのか、もしくは前秋に閉店した店舗を再開する為の、人事の目処が立たなかったのであろう。

だからといって、真冬のポリの客商売が全滅してしまうわけではない。夜半、店頭に長蛇の列ができる店が何軒かある。それらは皆、ディスコ(日本では、昔ダンスホール、今クラブ)である。日本のクラブと違う点は、客のほとんどがカップルでは無い事。そして、若者が集まるディスコの他に、中高年専門のディスコがある事だ。どちらも、来店目的はその夜、又は生涯の伴侶を見つけることだ。

私の店ではこの時期、昼のレストランの売上げより、夜のパブの売上げの方が遥かに勝る。己を顧みればすぐに分かることだが、飲酒欲は食欲よりも遥かに強いということだ。しかし、そのパブもディスコには脱帽だ。子孫を残そうとする本能は、何にもまして強いと言うことなのか。そういえば、マグロやウナギなど多くの海洋生物は、子孫を残すために太洋を周回すると言われる。

しからば、レストランからディスコに転業すれば良いではないか、と思うかも知れないが、そうは行かない。新規にディスコをオープンする事はポリの街では不可能である。それには歴史の経緯がある。

1960年代の後半、ベトナム戦争が泥沼化したころから、若者達を中心に厭戦気分が台頭し、Love & Peaceを御旗に自然回帰運動が旋風して、その結果ヒッピー文化が先進諸国を席巻した。中でも隣国のスウェーデンはフリー・セックスとポルノグラフィのメッカとされて、ヌーディスト村やヌーディスト・ビーチが各地に出現した。それを規制する法の制定や発布にも手間取り、客商売においては「何でもあり」の時代に突入した。

その十数年後、ポルノ文化にも飽きてきた世間の風潮に呼応して、監督官庁は法律・条例を整備し、徐々に厳格化していった。先ずは、過激な性風俗店から手をつけて、次第に穏当な風俗店をも閉店に追い込んでいった。その中で、最も巧みに法と妥協したディスコだけが、今の世まで生き延びることが出来たのだ。よって、この歴史に逆行してディスコの新店を開業することは、ポリの街では、針の穴にラクダを通すほどに難しい、と言われている。

たまたまスウェーデンで青春時代を過ごし、その後も日欧間を行き来している私は、その歴史の生き証人としてこの文章を書いている。今から思えばヒッピー文化は途方もなくワイルドなカルチャーで、当時の欧米のヒッピー団は「過激な性のカルト集団」と呼ぶに相応しかった。しかしその頃は、自他ともに当たり前だと思っていたのだから、人間の判断力や価値観、観念といったものは、移ろい易く、信頼に値するものではない。

さて、話をポリの中高年向けディスコに戻そう。客は日頃はおとなしく楚々とした熟男熟女である。しかしここに来ると、目をギラつかせたハンター達に変身する。大多数の客はバツイチかそれ以上のキャリアであろう。伴侶がいたら、これらの店に来ることは許されないはずだ。

北欧には見合結婚の慣習は無いし、上限無しの累進課税の為、金ずくでハントする金持ちも居ない。自力、実力、押しの一手で、獲物を捕らえるしか術が無いのである。

清少納言の枕草子・25段に「すさまじきもの」がある。すさまじき、は現代とはニュアンスを異にし、「興ざめ」とか「鼻白む思い」と言う感じだ。

不敬千万ではあるが、私は少納言の名文の末尾に、北欧における「すさまじきもの」を加筆してみた。

すさまじきもの ひる吠える犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣…“真夏の白ウサギ。湖上に舞うスズメ。ディスコで踊る分別盛り(中高年の意)”

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る