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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.08.08

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(70)】「有名」「無名」の分かれ道

長井 一俊

咲き始めのスズラン

咲き始めのスズラン

日本では5月、北欧では6月に咲くスズランが、我が家の庭では7月中旬から8月の初旬にかけて咲く。スズランは北欧で最も人気のある花と言われ、スウェーデンでもフィンランドでも国花とされている。特にフィンランドのイメージとピッタリ符合する。スズランは寒さに耐え忍んだ後、葉の中に隠れるようにしながら、しっかりした純白の花を咲かせる。その清楚で可憐な姿は、見る人の心を洗い流してくれる。

八月の終りにはスズランと見まごう、赤い野苺(写真)が庭の片隅に咲き始める。北欧ではこの野苺を「赤いスズラン」と呼んでいる。

満開時のスズラン

満開時のスズラン

アイヌ伝説(後年、義経伝説と混交?)にも「赤いスズラン」が登場する。正史では、岩手県平泉で処刑されたという源義経が、実は北海道に逃げ延び、美しいアイヌの乙女に匿われる。頼朝の追っ手から義経を隠したが故、彼女は雪の降る中、磔刑に処せられてしまう。雪上に流された乙女の血は、雪解けと伴に「赤いスズラン」となって大地に蘇った、と伝えられる悲しい物語である。

赤いスズラン(実は野イチゴ)

赤いスズラン(実は野イチゴ)

純白のスズランが満開になった8月初旬の昼下がり、ポリの外人クラブの一つであるフレンチクラブが、食事会を私の店で催してくれた。白ワインに、見た目も、アルコール度数もよく似た日本酒は、皆から賞賛されながら沢山飲まれた。ランチにワインは付き物だから、フランス人は昼から酒を飲む事に抵抗が無い。

会合が終わっても、居残って日本酒を追加所望する若者がいた。彼は『私の祖先はアルメニア人です』と、誇らしげに自己紹介を始めた。現在のアルメニア国は、西はトルコ、北はグルジア、東はアゼルバイジャン、南はイランに囲まれた人口300万人程の小さな国である。しかしアルメニア人は、端倪すべからざる民族である。

建国は非情に古く、旧約聖書に「ノアの箱船はアトラス山に漂着した」とあるが、(現在この山はトルコが領有)当時そこはアルメニア人の居住地であった。それが故、アルメニアはキリスト教を国教とした世界最古の国であり、西洋の発祥国とも呼ばれる。

そのアルメニアは12世紀に東ローマ帝国に破れ、民族は世界中に四散した。現在アルメニア人の6割は海外で生活している。日本マクドナルドを創設した藤田田の著『ユダヤの商法』の中に、「ユダヤ人が三人かかっても、アルメニア人一人に敵わない」と記されているほど、格闘技に優れ、商才にも長けた民族である。

しかし20世紀初頭、アルメニア人はオスマントルコから迫害され、100万人を超すホロコースト(大虐殺)を受けた、悲劇の民族でもある。

私は半世紀程前、巴里に長逗留したことがあり、その時の想い出を、このアルメニアの若者に話した。『当時私は毎日のように、サロンをハシゴしました。昔、サロンといえば宮廷の応接室を指していましたが、当時はもう“お洒落な酒場”を意味していました。そこには多くの有名人が集っていましたが、中でもアルメニア出身者が目立っていました。「剣の舞の作曲家」アラム・ハチャトリアン、「人気のシャンソン歌手」シャルル・アズナブール、「映画界の巨匠」エリア・カザン、そして「アイドルの元祖」シルビー・バルタン等もよく顔を出していました・・・』

若者は私がアルメニアを知っている事に大喜びして、私に握手を求めながら『テニスの四大グランド・スラムの覇者、アンドレ・アガシもアルメニア人です。女優のブルック・シールズを嫁にしたのは失敗だったが・・・』と、お国自慢を始めた。

「ポリの生き字引」と言われる金属学教授が知っていた日本の有名人は“ハチコー”であった事にショックを受けた私は、その翌日に店で働く中国娘やカツ丼を食べにきた中国の学生たちに、『フィンランド人は中国の有名人をどれ程知っていますか?』と聞いてみた。すると『孔子と毛沢東だけ』が答えだった。

そんな事があっただけに、300万人のアルメニア人が、30億の東洋人よりも世界的有名人を輩出するとは、一体どういう事なのか?と自問自答が始まった。第一感は「語学」だった。七つの海を制した英国や、多くの植民地を持ったドイツやフランスが、言語力を持って沢山の有名人を世に出した? しかし、アルメニア人はアルメニア語を話し、アルファベットとは全く似ていないアルメニア文字を使う。

次に皮膚の色を考えた。「白は百難を隠す」という事か?しかしそれでは、有名な黒人の歌手や俳優がアメリカに沢山いる事に矛盾する。いろいろと考えてみたが、答えは一向に出なかった。

例年の夏、私は暇を見つけては、北欧一の砂浜と言われる、ポリ郊外のウーテリ海岸に行き、のんびりと日光浴を楽しむ。しかしこの年は、税金の支払いの為に、愛車を売却してしまっていたので、足が遠のいていた。そこで、レンタ・カーを借りて、久しぶりにウーテリ海岸を訪ねた。

保険が掛っているとはいえ、借りた車だけに、慎重に運転しなくてはいけない。特に気を付けねばならないのは駐車場だ。日本でのように、前後の車にピッタリと駐車すると、お年寄りや、「バンパーは押す為に装備されている」と思っている御仁から、車体に傷を負わされてしまう。海岸沿いの松林の中に造られた仮設駐車場で、私は慎重に駐車位置を選んで車を停めた。

ドアを開き、下車しようと足下を見ると、そこにはゴルフボール大の黒く蠢く固まりがあった。よく見ると、先客が捨てたと思われる果肉の残った洋梨の種に、黒アリたちが群がっていたのだ。北欧に来て以来、黒アリを見たのは初めてだ。「アリは世界中に分布する」と読んだことはあったが、表土が凍結する北欧では生存できないと思っていた。しかしそれは、私の間違いだった。我が家の庭と違い、メキシコ暖流が流入するボスニア湾周辺の地中は、冬でも凍結しないようだ。

塩分の薄いボスニア湾を渡る、サラサラした海風に吹かれながら、普段なら、秋にはどんな新メニューを出そうか?キノコ狩りはいつにしようか?などを考えながら午睡を楽しむ。しかし、今回は答えの出ていない、「有名」「無名」の分岐点はどこか、を考えながらウトウトした。

すると、さっき駐車場で見た黒アリの群れが脳裏に浮かんだ。同時に子供の頃、夏休みの研究課題として、家の縁の下から這い出すアリの生態を観察した事も想い出した。昆虫図鑑から、アリはハチ目に属する昆虫である事も学んだ。洋梨に群がっていたアリたちは、近くのアリの巣から這い出て来たはずだ。

地上に棲む私たちは,ハチの巣はよく見るが、アリの巣は見たことが無い。私はテキサスの砂漠で大きなアリ塚を見た事があるが、すでにアリはそこには居なかった。アリ塚はアリの巣を造る時に出た残土らしい。私たちが見るのは、餌に群がるアリや、餌を運ぶアリの隊列だけだ。

どのハチの巣にも、どのアリの巣にも女王が君臨しているはずだが、地上の女王バチはヒーローとして人間の眼に写る。一方、女王アリは地中から出てこない故、表のヒーローにはなれない。西洋をハチの世界とすれば、東洋はアリの世界ではないか。

これは、文化人類学上、画期的な新定説ではないか?と馬鹿なことを考えながら、心地よい眠りに堕ちていった。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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