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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.10.03

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語(72)】蓼(タデ)喰う虫も好き好き

長井 一俊

スメルゴスボード(ヴァイキング料理) シュールストレミング 日本の鮒(フナ)寿司 蓼(タデ)の葉

例年北欧では、秋が深まると飲食店への客足は滞るが、私の店の落ち込みは小幅で済んでいる。日本から帰国した10名の女性達が、代わる代わる沢山の友人を連れて来てくれているからだ。

「親切は人のためならず」と言うが、格安の日本旅行をアレンジした親切は、私自身へのご利益となって戻ってきた。

日本への旅行に参加して、「ニコール・キッドマンに間違えられた」と喜んでいるスウェーデン系の女性が、10月の初旬、「来週、父の誕生日パーティを開きます。スメルゴスボード(ビュッフェスタイル)ですが、是非ご参加下さい」と言ってきた。日本では“ヴァイキング料理”と呼び、フィンランドでは“スウェーデン式”と呼んでいる。食事の前に、全ての料理をテーブルいっぱいに並べ、好きなものを好きなだけ食べられるスタイルだ。パーティの途中では、使った皿だけをキッチンに運ぶだけで良いから、ホスト側にとってメリットが多い。

このスタイルの料理は、ヴァイキングが村を襲い、男性を捕らえた後、村の中央に大きな食台をしつらえて、女性達に向かって「家にある全ての料理を持って来て、ここに並べよ」と命じた事が起源だと言われている。

晩秋は、レストランのほとんどは採算が合わないので閉店している。私はその日、臨時休業の貼紙をして、誕生パーティに参加した。

パーティが佳境に入った頃、この日の主役である父君が、「娘から貴男は食通と聞いています。是非、外の方にも来て下さい」と、私を庭に誘った。芝生の中央に中高年の男女数名が、白い円形テーブルを囲んでいた。皆、手に手に紙皿とプラスチックのフォークを持って、早口でスウェーデン語を話していた。テーブルの上には、青カビのチーズ、輪切りの玉葱、クネッケ(ライ麦のクラッカー)、そして赤と黄色のラベルが貼られた缶詰が、数個並べられていた。

私は“ヴァイキングを送り出した漁港”として有名なヨテボリ(英名Gothenberg)の町に長期出張した事が有るので、赤と黄色のラベルを見ただけで、それが世界一臭いとされるシュールストレミングの缶詰であると判った。

北欧を語る時、この缶詰の話は避けて通れない。臭気に関しては、音や光のような国際的に通用する単位はないが、日本では食品の臭度を示すものとして、Au(アラベスター単位)がよく使われる。その測定法によれば、個体差はあるにしても、日本で一番臭い食べ物はクサヤの約1200uで、次は鮒(フナ)寿司の約500u である。一方、このシュールストレミングは約8000uと桁違いの臭さである。

ヴァイキングの長い航海には当然、保存食が必要だ。戦いのエネルギー源として、タンパク質を多く含む食品が必要となる。しかし寒冷の北欧では牛肉や豚肉の十分な確保は出来なかった。どうしても、魚に頼る必要があった。魚といえば、バルト海で大量に獲れる小ニシンとなる。保存法は樽の中での塩蔵である。しかし塩も貴重品で、少量しか使用出来ない。よって、小ニシンはしばらくすると醗酵が始まり、臭気を発する。航海の度に、醗酵したニシンを食べているうちに、醗酵臭に慣れるだけでなく、おいしいと感じられるようになった。

数世紀の後、ヴァイキングは滅んだが、シュールストレミングを食べる習慣は残った。近世になって貯蔵法は、樽から缶に変わった。缶詰にする際、防腐剤を入れず、空気抜きもしない。当然、缶の中で醗酵して、多くの缶はふくらんでしまう。飛行機の客室に持ち込めないばかりか、空圧の変化により缶の破裂を恐れて、貨物室での空輸も禁止されている。よって、輸送は陸送か船便に限られる。

豊食の時代に、この世界一臭い魚をおいしそうに食べている人達を見て、私は「蓼(タデ)食う虫も好き好き」を思い出さずにはいられない。蓼の葉は非情に苦いため、多くの虫はこの葉に近づかない。ところが、どういう訳か蓼の葉を好んで食べる虫もいる。

日本でも、死に瀕した食通が「死ぬ前に何が食べたい?」と聞かれて、「鮒寿司」と答えた話は有名である。

世の中の事象には数値化されているものと、されていないものがある。例えば山の高さ、海の広さなど地理的なもの、人間の営みに関しても、GDPや企業売上などの経済行為、スポーツでは競技ごとに大量のデータが蓄積され、時空を超えて選手の優劣を比較することも出来る。

数値化されていないものに対して私は、大相撲の番付表を拝借して、好き勝手に格付けを試みている。例えば、諺、格言、名言などの句に対しても番付を作る。

多くの句には相反する言葉が存在する。例えば「寄らば大樹の陰」は「鶏口になるも牛後となるなかれ」により価値が相殺されているので、番付の高きには置けない。

その点、「蓼・・・」には相反する句が見つからない。そして、この句は大変深い意味を有している。もし、人間の好みが皆同じなら、どうなっていただろう。誰もが美男美女を求め、美しい子供達ばかりを作ったとしたら、数世代後には社会は脆弱化し、機能不全となって、人という種はこの世から消え去っていたであろう。そこで私はこの格言を西の横綱に据えている。

ちなみに、昨今の国際情勢を鑑みて、大関には西に「憎まれっ子世にはばかる」、東には「無理が通れば道理引っ込む」を置いている。

戦後の傑作では、アガサ・クリステイの言った「いい女は、必ずダメ男とくっ付く」「いい男には、すでに奥方が居る」を、熟慮の末、東西の関脇に据えた。

そして、ちょっとやそっとのご意見では決して変わる事の無い、東の正横綱は「酒は百薬の長」である。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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