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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.12.26

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(75)】地産地消

長井 一俊

イクラたっぷり“海鮮丼” 地産地消 “三平汁” 一手間かけて“チューリップ”

雪が心なしか小降りになった昼下がり、『店の中庭に車でやって来ました。キッチンのドアを開けて下さい』と店に電話が入った。何事かと思いドアを開けてみると、サーモンを無償で提供すると最初に申し出てくれた若者が、左右の手に一匹ずつサーモンを持って立っていた。

2匹のうち一匹は牡で、上口端が長く、カギ針のように曲がっていた。日本では“鼻曲がり”と呼んでいる地方もある。己の子孫を多く遺そうと、雌が生んだ卵に放精しようと、牡同士は喧嘩を始める。そのカギ針が武器になるのだ。

頭が丸い方は雌で、腹を裂いてみると、大量の筋子が出てきた。彼は私に筋子をイクラにほぐす方法も教えてくれた。生温い食塩水に筋子を浸してから、持参した目の粗いメッシュの袋の中に入れて、ゆっくりと柔らかく絞り出すのが彼の方法であった。

イクラは元々ロシア語なので、フィンランドのお年寄りはイクラ、若者はピンク・キャビアと呼ぶ。キャビアは普通、黒チョウザメの卵をさすのだが、高くて日常では食べられない。

漁港で水揚げされた商業用の魚は、隣接の工場で頭と尾とハラワタが取り除かれる。遡上前の雌のサーモンから出た筋子は、イクラにされ、瓶詰めとして輸出されてしまう。よって、産地でありながら、イクラも入手が難しいのだ。

北欧の地方都市で、小さなレストランが厳冬期を乗り切るのは、「ナポレオンでも不可能」と結論をだした私だが、この只のイクラが眠っていた企画意欲を喚起してくれた。

レストランでは普通、前日残った食材を従業員の「賄い食」に充てる。しかしうちで働いている料理学校出身の女性たちは、前任者から「あのレストランで働けば半年で5キロもダイエットが出来る」と申しつかったようで、賄い食を摂ろうとしない。1年半、働いてくれたニックネーム“ガードマンのエミリー”も『お陰で15キロ痩せました』と大喜びで料理学校に戻っていった。鮮度と形状の良さをモットーとしている我が店では、もったいないが切り落としは捨てざるを得なかった。そこで、それらを廃棄せずに、たっぷりのイクラを加えてみると、日替わり海鮮丼(高級チラシ寿司)が作れた。わずかな原価で、新メニューが誕生した。(写真)

釣り愛好会の人たちが、次々にサーモンを持ってきてくれたから、寿司だけでは使い切れなくなった。「何か別のメニューも考えてみよう」と思いながら、売れ筋の「豚汁」の損益分析をしてみた。隣国のデンマークから入る豚肉は、一年を通して価格の変動幅は少ないが、副具材の大根とゴボウの値が冬季に跳ね上がり、利益率が低いことが判った。

冬期だけでも「豚汁」に代わるものはないかと、日本の汁ものを想い出してみた。精進料理の「けんちん汁」や「のっぺい汁」。池波正太郎の小説に度々でる「根深汁」。北陸の「タラ汁」・・・・。そして想い出したのが、北海道に出張中、旭川駅前の食堂で朝食にでた「三平汁」だった。塩鮭が主役で、その他の具材も近隣でとれたジャガイモ、玉葱、人参などだった。それらは、むしろ北欧の方が安く、私の店のストッカーに常時入っている。早速、私はサーモンに塩を振り、三平汁を試作してみた。彩りを良くするために、いつでも手に入るパプリカや茄子も加えた。文字通り地産地消の一品が出来あがった。(写真)

師走の初めに来店した近所のOLたちが『牛肉や豚肉より、鶏肉の方がダイエタリーでヘルシー。特にクリスマス・シーズンは、鶏肉が似合う』と話すのを聞いた。そこで、定番の磯辺揚げに加えてもう一品、鶏肉料理を考えてみることにした。

普通のフライドチキンではファーストフード・チェーンには敵わない。想い出したのは、かつてファースト・クラスの機内食の定番になっていた「チューリップ」だった。手羽先に一手間加えただけだが、高級感が漂った。(写真)和食のイメージではない?の躊躇もあったが、生き残りを賭けて、これで行こうと決めた。

原価率が低い新メニューが3つ出来た。問題は、このリニューアルをどうやって広めるかだ。近所へチラシを撒く事を考えたが、欧米では昨今、ポスティングの規制が厳しくなり、郵便物と新聞等定期刊行物以外は閉め出されてしまった。市議、州知事、国政の選挙時に大量のビラがポスティングされたからだ。戸建住宅では郵便受けが、庭内や奥まった玄関に設置されていることが多い。そこで自治体の多くは、ポスティングを家宅侵入に準ずる行為として、禁じるようになったのだ。

従業員たちとの話し合いの結果、周囲のオフイスを一軒一軒訪ねて、受付嬢にビラを手渡すことにした。各自暇な時間を利用して、一日合計20軒を目標にしたが、意外にもビラはOLたちの興味を引いたようで、質問やら雑談やらで時間が掛り、10軒を回るのがやっとだった。

しかし結果は期待以上に早く出た。社員食堂の昼食に飽き飽きしている社員が、寒い中を一人、又一人とやって来る様になった。サーモンは北欧人にとって、主食のようなものだ。何の抵抗も無く三平汁と海鮮丼は人気メニューになった。そしてクリスマスが近づくにつれて、チューリップの売り上げも伸びた。クチコミで来店客が増えて、昼の売り上げは大幅に伸び、夕食時にも家族連れが増えた。

メニューの刷新により、食材の原価は下がり、売り上げは倍増した。この増収増益で、無理だと思っていた3年目の冬を乗り越える見込みがたった。

思うに、私自身も多少の努力はしたが、その原動力は、サーモンを無償で提供してくれた釣り人たちや、鶏料理のアイデアを与えてくれたOLたちだ。私は北欧に来て初めて、親鸞聖人の諭す阿弥陀信仰「他力本願」の入り口を見た気がした。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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