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COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風 タイ人の暮らしと文化

2015.05.25

【チャオプラヤー川に吹く風(25)】高齢化が進むタイ社会 その2~社会保障制度と医療事情

齋藤 志緒理

サミティヴェート・シーナカリン病院の子どもフロアー入口。親しみやすい楽しい雰囲気で安心できる。(撮影:上東野幸男)

サミティヴェート・スクムビット病院の待合室。「15分以上お待ちの方はスタッフをお呼びください」と書かれてある。大手私立病院のサービスがわかる。(撮影:上東野幸男)

前号では、タイ国が少子高齢化の度合いを強め、「人口ボーナス」期が終焉を迎えつつあることについて述べました。今号では、高齢化する人口を下支えするべき社会保障制度と医療がどのような状況にあるかをみていきましょう。

●タイ国の社会保障制度 構築の流れ

タイの年金制度は、1950年代に公的部門、すなわち公務員と軍人向けに始まりました。この制度には、受給者に拠出義務はなく、退職時に一時金が、その後も最終月給に等しい年金が給付されるという手厚い内容でした。

その後1997年の新憲法で社会的弱者の保護が規定されたことを受けて、民間企業の被雇用者にも年金制度が導入されましたが、給付水準は退職後の生活を保障するには十分とはいえないものでした。

2001年の下院選挙で勝利したタイ愛国党のタクシン政権の下、翌2002年には、保健省の主導で、1回の外来、または1回の入院ごとに、30バーツ(約100円)の初診料の支払いでサービスを利用できることができるという「30バーツ医療」制度が創設されました。

同政権下では、対象を自営業者、農業従事者、漁業・林業従事者に広げた「国民皆年金制度」の構築も目指されましたが、その動きが本格化することはありませんでした。人口を加味したシミュレーションの結果、制度の実現性、継続性に疑問符がついたためでした。(大泉啓一郎著「老いていくアジア―繁栄の構図が変わるとき」中公新書p.165-171)

●現在の社会保障制度

現在、タイの社会保障制度は、(1)公務員・軍人(国民全人口の8%)、(2)企業等の被雇用者(同、16%)、(3)自営業・農業等――の3つのカテゴリーにより異なっています。

(1)には医療給付を含む手厚い社会保険・年金制度があります。
(2)と(3)には、(公務員であった者を除く)60歳以上の高齢者全てを対象とする低水準の老齢給付があります。(月額給付額は60~69歳=600バーツ、70~79歳=700バーツ、80~89歳=800バーツ、90歳以上=1000バーツ)

(2)には、その他に、政府管掌の社会保険制度(強制加入で、傷病、出産、障害、死亡、児童手当、老齢及び失業の7項目が給付対象)が適用されます。

国民人口の約4分の3に及ぶ(3)のカテゴリーの人々はどうかというと…社会保険制度への加入は任意で、上記の老齢給付はあるものの、医療については、国民医療保険としての「30バーツ医療」があるのみです。(※注:「30バーツ医療」サービスは、2006年9月にスラユット革命政権が無料化しましたが、2012年9月から30バーツの負担が復活しています。但し、低所得者は「無料」が継続)。
(厚生労働省「東南アジア地域にみる厚生労働施策の概要と最近の動向(タイ)」
『2013年海外情勢報告』)

なお、介護保障はといえば、(1)(2)(3)どのカテゴリーについても、未だ公的な仕組みはありません。介護にかかわる出費は、所得水準に応じて、本人や家族の貯蓄・収入に頼るほかないという現実があります。

●医療事情

上述の「30バーツ医療」を受ける際は、各人は居住地区の決められた病院に行かねばなりません。受付は人であふれかえり、早朝5時に受け付けをしても診察室に呼ばれるのは午後3時過ぎ、しかも医師の診察はわずか1分足らず――という報告もあります。(山下護「タイの高齢者事情と今後の課題」『海外高齢者事情(4) 世界の高齢者、暮らしとその課題』ILC-Japan, 2009年)

「30バーツ医療」では、制度上患者一人あたりの予算設定が低く設定されているため、十分な治療が行えない(十分な診療報酬が得られない)という病院側の経営上の思惑も働き、30バーツ制度の契約医療病院は公立病院にほぼ限定されているのが実情です。富裕層は、民間の保険に対応している私立病院にかかるのが一般的です。

公立病院と私立病院では、設備やサービスも大きく異なります。日本では病院の株式会社化は認められていませんが、タイでは私立病院は株式会社であり、独自の営業方針の下、多角的なサービスを展開しています。医療の質もさることながら、入院の場合の病室の居住性、食事内容など、それ以外の部分で患者の満足度を高めるものとなっています。タイでは、こうした私立病院にアクセスできる富裕層と、中下流層との間に医療格差が存在しています。

医療格差は、収入によるばかりでなく、首都と地方、都市部と農村部の格差も顕著です。医療資源はバンコクに集中しており、例えば、2002年時点の人口あたりのベッド数、医師数、看護師数(=何人の人口に対して、ベッドが1床、医師が1人、看護師が1人存在するか)を比較すると、分母となる住民の数は、ベッド数では、全国平均がバンコクの2.3倍、医師数では4.5倍、看護師数では2.5倍となっています。(国際協力銀行編「タイ王国における社会保障制度に関する調査報告書」p.36の表より算出)

2005年時点の65歳以上の高齢人口の比率(括弧内は2020年の予測)は、バンコクの5.7%(9.2%)に対して、東北部は6.4%(12.0%)、北部は8.3%(14.5%)となっています。(末廣昭『タイ 中進国の模索』岩波新書p.119)つまり、高齢化の動きはバンコク首都圏よりも地方においてより速く進展しているわけで、地方における医療資源が拡充されないことには、その格差がますます広がってしまいます。

タイ政府はタクシン政権以来、国策として医療ツーリズムを推進しており、大都市の大手私立病院が年間250万人の外国人を診察しています。タイ国の医療人材は先進国より少なく、一定人口あたりの医師数、看護師数は全国平均で日本の約6分の1です。こうした状況下で、いわば限られた人的資源の相当数が雇用条件の良い大手私立病院に吸収され、その結果、一般国民の医療環境が犠牲になっている側面も忘れてはなりません。

ところで、タイでは、1970年代以降、マラリア、天然痘、脳炎、デング熱などの旧来の感染症は激減しましたが、近年エイズや鳥インフルエンザなどの「新しい感染症」に悩まされるようになりました。一方、心臓病、癌、糖尿病が増加傾向にあり、さらに高齢化社会に入ることで「老人性退行症」も増加しています。このようにタイでは、「感染症」「生活習慣病」「老人性退行症」という三つの病気構造が並存するという、先進国が経験したことのない事態を迎えています。(末廣昭、上掲書p.122-124)

収入や居住地による医療格差、医療ツーリズムの弊害、そして“一筋縄ではいかない”この国の病気構造――と、タイの医療事情は一朝一夕には解決できない難しさを抱えています。

さて、次号では、タイ国における介護事情について取り上げます。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE
津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

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