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COLUMN コラム

アジア最後のフロンティア 激動するミャンマー

2016.02.22

アジア最後のフロンティア「激動するミャンマー」(22) 『NLD政策を読み解く その1―ピンロン精神と民族和平』

宍戸 徳雄

ミャンマー連邦議会議長応接室

NLD(国民民主連盟)の圧勝に終わった2015年のミャンマー総選挙。政権移行に向けて、軍との和解や政府との連携を模索しているアウンサンスーチーNLD党首。選挙に圧勝したのはよいが、政権移管後のNLDの政権運営能力に対し、国内外、特にミャンマーへの投資をしている経済界、産業界から不安の声が広がっている。NLDには人材が不足しており政策立案能力がないのではないかという指摘もよくなされる。それは事実であろうか?今後の政権運営を展望する上で、NLDが総選挙において掲げたマニュフェストをもとに、NLDが目指している政策を一度きちんと分析する必要がある。

昨年の総選挙は、実際のところ政策論争という側面はほとんどなく、過去の軍政に対する否定的総括と、真の民主化に対する国民の明確な意思表示の場となった。結果、NLDの政策やNLDの各立候補者の資質などは論争とならず、民主化の象徴的存在であるアウンサンスーチー党首=NLDが絶対的な集票源となった。

NLDのマニュフェストのスローガンは、「変化の時が到来した」だ。大変分かりやすいスローガンで、国民はその変化の時が今まさに到来したと判断して、過去への否定的意思表示をしたのが今回の選挙の結果だ。

NLDのマニュフェストの構成は、

1.少数民族問題と民族和平
2.憲法改正と三権分立の確立
3.行政、司法
4.国防と安全保障
5.外交
6.(1)経済・金融・財政政策
  (2)農業政策
  (3)畜産業・水産業政策
  (4)労働政策
  (5)教育政策
  (6)保健・医療政策
  (7)エネルギー政策
  (8)環境政策
  (9)女性政策
  (10)若者政策
  (11)通信政策
  (12)都市開発政策
となっている。

まずNLDのマニュフェストの冒頭の最初に書かれているのは、「少数民族問題と民族和平」。
ミャンマーには135もの少数民族がいて、複雑な宗教的背景とも絡んで、未だに紛争が続いている。現政権において、テインセイン大統領は、少数民族問題の解決に向けて積極的に取り組んできた。しかし、60年以上武装紛争が続いてきたカレン族との停戦合意など一定の成果は残したものの、全面的な和平にまで漕ぎ着けるには至らなかった。依然として、一部少数民族の武装勢力との紛争は続いている。この少数民族問題においては、現政権下において、ミャンマー連邦議会内に設置された国内の和平問題委員会の委員長に、立法府の議員であったアウンサンスーチー女史が就任するなど、解決への糸口を見つけるために彼女自身も努力もしてきた経緯もある。しかし、2015年に入り選挙戦が本格化する中で、ミャンマーにおいて市民権が認められていないロヒンギャ問題や、その他の少数民族問題に対して公の場でのコメントを差し控えるようになったアウンサンスーチーNLD党首は、時に国際的な人権団体などから非難の声を浴びせられた。選挙戦の途中においては、国民の大多数を占める仏教徒と、少数民族であるイスラム教徒との対立を顕在化させるような発言は、選挙結果への影響が大きいと判断したのだろう。一部の過激派仏教徒は、NLDへのネガティブキャンペーンを張り、NLDが政権の座に就けば、イスラム教徒への温和政策が採用されイスラム教徒が台頭し、国内の仏教徒が危険に晒されると、NLDに投票しないよう国民を煽ったりもした。しかし、アウンサンスーチー党首としては、沈黙していたわけではない。NLDはこの少数民族問題の解決のための基本的な政策スタンスは具体的ではないにせよ、NLDのマニュフェスト上で方向性は明示していた。「少数民族問題と民族和平」は、マニュフェストの中で1番最初に章立てされており、NLDとしては最も重要視している国政上の課題なのだ。

マニュフェストの記述の中で、私が目を引いたのは「ピンロン精神」を基礎として対話を通じて平和を築くという部分だ。ピンロンとは、シャン州のある町の名称で、かつてアウンサンスーチー党首の父、アウンサン将軍が、民族間の独立の合意を結んだ場所である(1947年2月)。建国の父であるアウンサン将軍は、全ての民族が手を携えて団結し、平和的な連邦国家を創造することを目指していた。「ピンロン」とは、その歴史的な合意がなされた民族独立と団結の象徴的な場所であり、あの時の合意の精神を基礎として国民対話をしていこうと、NLDは訴えたのである。そして、国民和解のプロセスについて、まずそれぞれの民族間に存在する問題を相互に尊重して対話のテーブルに着く。そして連邦制の原則に従い、天然資源を始めとした地域資源の権益享受を認めた上で、地域間でバランスの取れた発展を目指していく。そのためのプロジェクトの策定を透明性ある形で実現する。ミャンマーの国土は広く、天然資源の産地に偏りがあり、その権益を巡って、過去、地域の民族と政府や軍との対立の火種を作ってきた。NLDは、地域資源の権益享受を各地域に認めながらも、バランスの取れた連邦国家の発展を実現するために国民に団結の精神の尊重を説いている。国民は、アウンサン将軍の娘であるアウンサンスーチー党首に、あの「ピンロン」での合意の場面を重ね合わせ、NLD新政権による民族和解の実現への期待を寄せたのである。この問題は半世紀以上も続くミャンマー国政上の最大の難題であり、国民から最大限の期待を受けたスーチー政権にとっても最大の難関となるだろう。独立の父の娘の政治的手腕がまずこの問題において試されることになる。
2016年2月、総選挙後の新立法府の招集がなされ、下院上院の議長も選出された。NLDは上院議長にカレン族出身者、副議長にはラカイン族出身者を選出するなど、国家的な最重要課題と位置付ける民族和解に積極的に取り組む姿勢を見せた。まずはマニュフェスト通り、早速「ピンロン精神」に基づき議会人事を実践したことは評価されよう。

宍戸 徳雄

Norio Shishido

PROFILE
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。

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