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国際人事労務管理講座

プロフィール
三菱銀行(現:三菱東京UFJ銀行)人事企画の上席調査役、ケミカルバンク(現在のJPモルガンチェース銀行)人事部長、マイクロソフト人事部・総務部部長を経て、1994年にピー・エム・ピー株式会社を設立。特定社会保険労務士の有資格者で、現在、同社代表取締役と、併設している社会保険労務士事務所 ピー・エム・ピー代表を兼務。顧客企業の人事機能(人材紹介とアウトプレースメントを除く)を支援することをモットーに、バイリンガルの社会労務士集団を率いて、外資系企業を中心に積極的に活動中。

2012年03月01日
第35章 雇用リスクの日本の非常識

改めてEmployment at will を考える

 本稿の最初の頃(第2章)に、アメリカにおけるEmployment at will随意雇用・解雇原則について触れたことがある。アメリカでは、雇用も契約の一形態であり、契約当事者間の対等原則が尊重されており、契約の一方の当事者からの契約の解除権限が広く認められている。これがEmployment at will、随意雇用・解雇原則の基本的考え方である。使用者が被用者を解雇する事ができる自由を制限すべきではないという考え方が根付いている。

 一方で、日本では、読者諸氏も良くお分かりの通り、解雇は極めて制限的にしか認められていない。しかしながら、この解雇不自由の日本の事情は、海外から見ると非常に分かりにくい。法制面を整理すれば、日本でも民法第627条第1項では「当事者が雇用の期間を定めなかったときは(無期雇用契約、俗に言う正社員雇用の事である 筆者注)、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」としている。まさにアメリカにおけるEmployment at willと同じ考え方である。日本における労働関係の考え方は、民法でいったん契約当事者間の対等原則を認めた上で、労使関係における使用者と労働者の関係を勘案して、実際は労使間では対等原則が最初から成立しておらず、相対的に使用者に比べると不利な立場に位置づけられる労働者を保護しようという考え方で、労働基準法に代表される労働法が成立している。この労働者保護の中核となる労働基準法だが、解雇に関する条文は、第20条(解雇の予告)「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」といういわゆる解雇予告手当についての定めしかない。外国企業が日本に上陸するにあたり、筆者が外国本社の人事責任者との打ち合わせを行う際に、彼らがよく陥る日本の解雇に対する誤解は、この労働基準法第20条によって引き起こされる。曖昧な日本の労働法では珍しく、“30日相当の賃金”という金額明記もあるため、日本では30日分の賃金を支払えばEmployment at willであると思いこむ。偶々、Employment at willが当たり前の考え方であるアメリカであっても、実際の解雇の事例では、無用のトラブルを回避するため、解雇=雇用契約の会社からの一方的な解約という手段をとらずに、使用者と労働者間の合意による雇用契約の解消を目指す事が一般的であるが、合意退職を取り付ける際のアメリカでの特別退職金のいわゆる“世間相場”が、勤続1年に対して2週間分=半月分の賃金相当である。そこから単純に、アメリカでは2週間が必要な金額だが、解雇が難しい日本ではその倍の4週間分なのだと確信に近い誤解をする向きも珍しくない。

 日本で労働基準法に基づき30日分の予告手当のみで解雇が成立するとすれば、実際は、経営破たんした会社における解雇事例程度の極めて例外的なケースでしかない。日本の労働法で、解雇については、平成19年に成立した労働契約法第16条(解雇)「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」という記載が的確なものである。しかしながら、“客観的に合理的な理由”“社会通念上相当”という解雇を成立させる二つの要件が曖昧で分かりにくい。実際は過去何十年にもわたって蓄積された解雇不自由とする判例に支えられている。判例とは所詮、個別の解雇を巡る労働紛争でしかないが、これらの判例を精読してはじめて、何が客観的に合理的な理由であり、何が社会通念上相当になるかが、ある程度判断できる仕組みになっている。外国企業の本社の外国人人事担当者からすれば、曖昧模糊としたシステムと思えるのも無理はない。

アメリカが特別なのか、日本が特別なのか?

 ヨーロッパ諸国の人事の方々からは、「アメリカのEmployment at willは極端な考え方で、ヨーロッパでは労働者保護について一定の配慮があるのが一般的だ」という意見がある。会社の業績不振、不採算部門の解消などを理由とする整理解雇を考える場合、この意見は正しい。アジア諸国、中南米諸国の労働法を概括しても、整理解雇における雇用契約の解消には、一定のルールを課している国が多い。その意味ではアメリカが特殊だ。

 しかしながら、業務成績が芳しくない、Poor Performerと言われる社員に対する解雇については、実はアメリカの考え方が、他の諸国にとっても当たり前となる。日本が特別だ。

 成績不振者とは、就業規則等の定めに違反した懲戒解雇された社員とは異なり、就業規則等の会社のルールは遵守しているが、会社の要求する成果を上げる事の出来ない社員のことである。遅刻も早退も欠勤もせず出勤はしているが、その会社における一人前の仕事をすることができない社員である。このような成績不振な社員を解雇しようとする労働裁判をレビューすると、その殆どのケースで会社側が敗訴している。

 しかしながら、アメリカでもヨーロッパ諸国でも、最近日本企業の進出の著しい中国、その他アジア諸国にあっても、Poor Performerの雇用契約解消は基本的には可能とされている。もちろん、ある日突然会社が社員の成績不振を理由に解雇することは、あまりにも乱暴な手続きであり、それはアメリカにあっても認められない。Poor Performerであることの立証責任は会社にあると考えられており、そこには、何れの国でも共通する一定の手続きが必要とされる。まず最初に必要とされるのは、会社の期待水準の明確化である。一般的にはそれぞれの社員に対して一定期間内に達成すべき業務目標を設定したり、それぞれの社員の職務をJob Description=職務記述書により、果たすべき職務内容、責任などを規定する。社員一人一人が会社でどんな仕事をしなければならないかをできるだけ具体的に決める。次に、社員一人一人の実際の仕事ぶりを正確に記録する。会社の期待と社員の実績を比較し、一人一人が会社の期待値を上回ったのか、期待通りだったのか、あるいは期待を下回ったのかをはっきりとさせる。要はPoor Performerであることを会社として立証する。Poor Performerであることの立証が終わったからといって、直ちに解雇したりはしない。チャンスを与える。本人にPerformanceを改善する機会を与える。会社の期待水準を下回る社員に対しては、本人に一層の努力を促すと同時に、会社として、上司を中心に本人の業績向上のための改善指導や、外部での研修機会や職場内でのいわゆる“OJT”での能力向上の機会を講ずる等、改善のためのチャンスを与える。チャンスを与えたにもかかわらず、成績不振を打開することができないと会社が判断した時点で、解雇という会社からの一方的な雇用契約の解消の手段はとらずに、本人と話し合って合意の上で会社を辞めてもらうというステップを踏む。

 日本でPoor Performerを解雇しようとする場合の手続きを判例等で検証すれば、理論上は上記ステップと全く変わらない。判例を読みこんでも、裁判官は会社に対してPoor Performerであることの立証を求めているし、会社に対しては十分に社員に対して改善の機会を与えるようにと付言する。ロジックは同一である。しかしながら、日本の人事に携わっている方々の大半は、実際は日本ではPoor Performerの解雇は殆ど無理であることを知っている。労働弁護士の方々にしても、Poor Performer解雇に関して万一裁判ともなれば、高額の解決金を覚悟しなければならないというアドバイスをすることが多い。これは日本ではPoor Performerの解雇は実際は殆ど無理ですよという意見を表明しているに等しい。繰り返すが、Poor Performerの解雇に関する労働裁判の多くは会社敗訴である。

何故、日本ではPoor Performerが解雇できないか?

 解雇を分析する際に、雇用関係を総体的にとらえることが重要だと筆者は考える。日本におけるPoor Performerの解雇不自由という常識が、海外での非常識であるのであれば、日本が非常識となった原因は、日本の雇用関係における特殊性に由来するところがあるのではないかと考えた。

 一つの特殊性は、会社の有する配置転換権限である。日本では就職ではなく就社であるという。海外では、会社に入社するのではなく、どんな仕事をするのかがまず優先されるので、就“職”となるが、日本では、どんな仕事をするかではなく、どの会社に入るのかを優先するので、就“社”となるのだ。これは単なる言葉遊びではなく、日本の雇用関係の特殊性を語る上で重要な出発点となっている。Poor Performerの解雇を巡る紛争の際に、裁判官は、まずはその会社の雇用責任を第一に問う。具体的には、Poor Performerに対して解雇を求める前に、配置転換によって、本人により適した職務を見出す努力を会社に求める。会社の配置転換権限は日本では海外に比べるとかなり広範囲に認められている。逆に言えば、会社に与えられている配置転換という権限を十分に行使する前に、Poor Performerと決めつけてはならないという理屈となっている。営業でPoor Performerであれば、経理に配置転換することで経理担当として会社に残るチャンスを与え、経理でもPoor Performerであれば人事に配置転換することで人事担当として会社に残るチャンスを与えるということを会社に求める。特定の職務の専門性を会社を超えて幅広く身につけることよりも、職務の如何を問わずに特定の会社での雇用保障を優先するのが日本の雇用関係の常識だ。これは海外からは非常識に映る。職務、どんな仕事をしたいのかを決めるのは本人であって、会社ではない。配置転換は本人の希望や同意を得てはじめて行われる。これが海外の常識だ。配置転換というステップを踏まなければならない分だけ、日本の解雇は海外に比べると難しい。

 二つ目の特殊性は、日本における長期安定的雇用を前提とした年齢別賃金構造の特殊性である。この日本の特殊性を実証するのは実は中々厄介な事だが、読者諸氏は、たとえば、課長昇格、部長昇格、役員昇格という、それぞれの節目となる職位の年齢を比較すると、日本よりも海外の方がそれぞれの役職到達年齢が若いという実感を持つ方が多いと思う。実際に、同じ産業で同程度の従業員規模の日米の二社を比較すると、課長、部長、役員の昇格年齢は、すべてにおいて米国は日本よりも5歳若かったという事例が報告されている。

 別の人事の専門家は、日本型の年功序列型賃金体系を分析し、その特徴として、貢献度と賃金を比較すると、入社した直後の若年層は、教育優先時期として賃金>貢献度だが、その会社における一人前、中堅社員、初任管理職のあたりは、年功による賃金上昇以上に、戦力としての貢献度が目覚しく向上し、賃金<貢献度となる。その後も引き続き年功賃金により賃金上昇はするが、貢献度の向上はそれほど大きくなく(一部の層では貢献度は頭打ちとなり改善しないとも言っている)賃金>貢献度となる。総体で見ると、会社におけるその人の賃金総額=会社におけるその人の貢献度の総量 となるように賃金体系は設計されていると結論付けているものもある。年功序列型賃金などは過去の遺物であり、能力別あるいは成果型の賃金体系に移行している企業が今では大半であるとはいえ、賃金カーブを年齢別に示せば、年齢の上昇に応じての賃金の上昇することは今でも厳然として存在することを考えれば、入社時の賃金>貢献度、戦力になるにつれ、賃金<貢献度となり、最後は賃金>貢献度で、総体の損得はバランスするということはある程度は今でも言えるのではないか。これは、長期間安定的な雇用機会の提供を前提としてはじめて成立する。
しかし、海外ではこれまで縷々述べてきたように、長期的安定的な雇用機会の提供を前提とする雇用関係は成立しない。労働者は常にどの局面でも賃金=貢献度となる賃金水準を要求する。これが実現されなければ、他社に転職する。海外にあっては、20年間、30年間にわたって、貢献度と賃金総額のバランスを取るという労働市場は形成されていない。どの時点でも、貢献度=賃金となる労働市場である。

 Poor Performerの考え方は、毎年毎年の成果、成績を検証し、これがその会社のその人の期待水準を下回るということは、会社がその人に支払っている賃金もその会社の基準からは高すぎるということになる。しかしながら、日本の年功序列型の賃金構造を考えると、実は、その人の賃金が高すぎるという判断を正確に下すことはかなり難しい。実際のところ、Poor Performerの解雇処分の前に行われるべき、Poor Performerに対する減給処分は、解雇と同様日本では殆ど不可能であるという認識が根強い。減給が難しいのであれば、解雇が難しいのは、当然の帰結であろう。

懸念はグローバル人材の登用

 円高基調が続き、日本企業の海外進出が加速化している。国内市場の成長に期待できないため、海外市場への一層の進出を目指して外国人社員の日本本社採用が増加基調にある。企業では人材のグローバル化を急速に進めている。英語を社内公用語にしたり、就業規則集を英訳したりと、人事も随分と変わってきている。変わらざるを得ない。しかしながら、今回見てきたPoor Performer対応という観点での雇用リスクについては、1.日本の労働法は何も変わっていない 2.司法判断も変わっていない 3.したがって会社の対応も少なくとも日本人社員に対しては変わっていない と言える。果たして、これでグローバル人事が実現できるのであろうか?

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