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COLUMN コラム

日本人ビジネスマンの見たアメリカ

2015.11.16

「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」No.21 『「勝つ」ではなく「負けない」』

北原 敬之

シカゴ高層ビル

筆者がアメリカに駐在していた時に驚いたことの1つは、「取扱説明書」が分厚いことでした。家電製品や子供のおもちゃ等いろいろな物を購入しましたが、箱を開けると、どの製品にも異様に分厚い「取扱説明書」が付いていて、あまりに厚すぎて読む気にならず、閉口したことを思い出します。厚くなる理由の1つは、アメリカには英語のできない移民が多いので、スペイン語等他の言語でも表記する必要があることですが、もう1つ、「PL(製造物責任)訴訟」対策という大きな理由があります。今月のコラムでは、アメリカでビジネスを行う日本企業(特にメーカー)にとっての大きなリスク要因である「PL訴訟」について考えてみたいと思います。

本来、PL法は「製品の品質が原因で事故等が起きた場合、その製品を製造したメーカーに事故の損害を補償する責任がある。」ことを明確にする法律で、事故で損害を被ったユーザーが事故の原因となった製品のメーカーを訴えることを「PL訴訟」と言いますが、これが拡大解釈されて、何でもかんでも製造メーカーの責任にして補償させようとする傾向が強く、健全な企業活動を阻害する要因になっています。

アメリカのPL訴訟の怖さを示す実例としては、日本でも有名になった「電子レンジ訴訟」があります。一人暮らしの女性がペットの猫をお風呂に入れた後、濡れた猫を乾かそうとして電子レンジに入れたところ、猫が死んでしまったというケースです。女性は、電子レンジの取扱説明書に「猫を電子レンジに入れてはいけない」という注意書きが無かったために起きた事故で、電子レンジを製造したメーカーに責任があるとして、大事なペットを失った精神的苦痛の慰謝料も含めた損害賠償を求めてPL訴訟を起こしました。裁判の結果、陪審員は、原告の女性の主張を認め、被告の電子レンジメーカーに損害賠償の支払いを命じる評決を下しました。読者の皆さんは「そんなバカな」とお思いでしょうが、これが、アメリカのPL訴訟の現実です。

「電子レンジ訴訟」以外にも、製品の品質に問題が無く、常識的に見ればユーザーの不注意が事故の原因であるにもかかわらず、取扱説明書に注意書きが無かったことを理由に、製造メーカーに損害賠償を求める訴訟が頻発し、そのほとんどで原告ユーザーが勝訴しています。これが、取扱説明書が異様に分厚くなった理由です。製造メーカーは、このような理不尽なPL訴訟を避ける対策として、ありとあらゆるケースを想定して、「○○してはいけない」「○○すると危険です」などの注意書きを取扱説明書に多数記載するため、ページ数がどんどん増え、今のような分厚いものになったのです。

日本メーカーの製品は品質が良く、ユーザーからPLで訴えられるケースも、品質が問題ではなく、大半はユーザーの操作ミスや誤った使い方が原因ですが、ユーザーは、メーカーに責任があるとして、損害賠償を求めて訴訟を起こします。言い方は悪いですが、ほとんど「言いがかり」で訴えられることが多いのです。高い品質の製品をまじめに生産している日本企業にとっては、全然納得できないことですが、アメリカでビジネスをするためには、PL訴訟は避けて通れません。たとえ「言いがかり」であろうと、訴えられたら、受けて立たなければなりません。会社を守らなければなりません。

筆者の経験に基づいて、日本企業のPL訴訟対策の留意点を下記に列挙します。

①日本人の視点で見れば「常識でわかるはず」と思うことであっても、すべて製品の取扱説明書の注意書きに記載し、「言いがかり」の訴訟を起こされるリスクをできるだけ小さくする。
②万一、製品の品質に問題があることが判明したら、ユーザーに迅速に情報を開示し、製品・部品の交換等の対策を徹底し、「品質問題を隠した」との批判を受けないよう万全の対策を取る。
③訴訟を起こされたら、PL専門(アメリカの弁護士は分野別に専門化している)優秀な弁護士を雇う。

アメリカには130万人の弁護士がいますが、はっきり言って「玉石混交」です。「玉」の弁護士は、能力も高いですが料金も高いです。「無報酬で正義のために戦う凄腕弁護士」は映画やテレビドラマだけの話で、現実には、高い料金も必要コストと割り切って、優秀な弁護士を使うことをお勧めします。

そして、一番重要なことは、会社を守るためには、「勝つ」ことではなく「負けない」ことだということです。前述したように、日本企業の場合、品質に問題はなく、PL訴訟はほとんど「言いがかり」です。したがって、裁判で徹底的に戦えば、「勝つ」可能性もあるでしょう。「品質に問題無いのだから勝てる」、正直そういう気持ちになることも理解できますが、たとえ勝ったとしても、莫大な弁護士費用と長い年月が必要で、会社を守ることにはなりません。また、裁判がメディアで報道されることによる会社のイメージダウンも避けられません。会社を守るベストな戦略は「負けない」ことです。以前のコラムで書きましたが、アメリカの訴訟の95%は、法廷に行く前に「和解」等の形で決着します。法廷で「勝ち負け」をはっきりさせるのではなく、一定の和解金を支払うことによって「玉虫色」で決着させる。これが「負けない」という意味です。「何も悪くないのに、なぜ金を払う必要があるのか?」という疑問は当然です。筆者も本音ではそう思います。でも、恐ろしい訴訟社会アメリカで会社を守るためには、こういう「割り切り」もしなければなりません。

北原 敬之

Hiroshi Kitahara

PROFILE
京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。

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