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COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心 日本国内の日常業務から培うグローバルな仕事力

2015.10.05

【グローバル人事管理の眼と心(9)】成果を挙げ続ける人材集団を構築する条件(その4)

定森 幸生

<「歴史観」に基づく教訓>

第8回のコラムでは、これまで日本企業が海外事業展開の過程で遭遇してきた国際人事マネジメントに関する多くの教訓の中から、特に重要な4つの「歴史の教訓」のうち、①「ローテーションの狭間で失われる継続性」と、②「本質(substance)と形式(style)の見分け」の2つをご紹介しました。今回は、人事制度に関連する2つの重要な教訓について触れることにします。

―歴史の教訓③ 人事制度改廃の本質的な目標―

本来、人事制度というものは、単一のスキームを組織全体に一律に適用すべきものではありません。人材戦略の観点から合理性が認められる場合には、一部の社員(区分)を対象に他の社員(区分)とは異なるスキームを適用したり、適用するスキームについても、戦略的合理性が確認されれば適時見直し、必要な改廃を行ったりすることも必要になります。但し、その際、新制度が本来の組織目的を達成するうえで有効に機能するような「運用環境」が整っていることが不可欠です。仮に、世界的に有名な人事コンサルティング会社や人事制度の専門家の指導のもとに導入した制度であっても、それが効果的に機能するための前提条件が自社の「運用環境」とマッチしなければ、期待どおりの成果をあげることができなかったり、期待に反して社員のモチベーションの低下を招く例が少なくありません。

「運用環境」の中で最も大切な条件は、人事制度が想定する各社員(区分)の職務内容と、その職務を全うするに相応しい社員の知識・技能・経験・行動パターンなど(いわゆるコンピテンシー)が、その制度を導入する企業の社員のコンピテンシーと概ね一致していることです。海外拠点の人事制度を設計する際には、特にこの点に注意する必要があります。
海外拠点の人事制度の設計や改訂を考えている日本企業にとって、何よりも大切なことは、日本本社の社員(区分)に関して使われている呼称(主任、課長、部長などの役職呼称や、1級、2級・・・5級なとの資格制度上の区分)が本来意図している具体的な内容(semantics)を、人事コンサルタントや人事制度の専門家に客観的に理解してもらえるような英語表現(position description, job description, grade descriptorなど)を整備しておくことです。Managerという呼称ひとつとっても、国により、組織により、驚くほど違いがあります。Executiveがmanager より下のレベルという場合もあります。したがって、日本本社で、海外の客先との交渉などの目的で名刺に印刷する英語の役職呼称を、semantic を検証せずにそのまま海外の人事制度設計や改訂に?流用“することは、後々大きな誤解や混乱を招き、多大の時間的金銭的な無駄を引き起こす原因になるのです。グローバル人事管理で失敗する日本企業の例の多くが、この一点でのつまずきによると言っても過言ではありません。

人事制度の設計や改訂に関する「入口論」に留まらず、「本質的な運用論」の教訓も大切です。成長戦略を強化するグローバル企業の中には、それまで主流であった職務給(pay for job) の弊害を問題視し、「職責を明らかにするだけでは成果の継続は期待できない」「自分の責任領域以外の仕事には無関心・消極的で、会社全体の業績拡大のためにリスクを負って新しい仕事にチャレンジする動機付けには不向きである」との認識に至った例が多くみられます。その結果、「職務給」に加えて「成果給(pay for performance)」を導入した例が見られます。報酬支払の形式は変わりましたが、「成果を追い求め続ける」ことに変わりはなく、むしろその方向性を強化しようとするものです。

このような報酬制度の改訂を行っただけで、自動的に本来の組織目的を達成できる訳ではありません。制度改訂に成功する企業に共通することは、新制度の運用環境の整備・向上に全力を挙げていることです。つまり、「どのような環境整備をすれば個々人がよりよい成果をあげ易くなるか」「成果の源泉となる個々人に共通する能力(competencies)は何か」という点に踏み込んで、成功要因となる具体的な職能や適性を基本給算定のパラメーターに加えることによって、偶発的ないしは一過性の成果を過大評価する悪癖を是正するなど、運用環境の整備に工夫を施す努力をしているのです。

単に「いくら儲けたか」より「どのように儲けたか」を重視し評価する処遇理念を浸透させながら、来期以降の業績に対する会社の期待と社員のコミットメントを報酬制度に反映しようとする人事戦略の一例です。管理部門、営業部門、開発部門などのように、職責が大きく異なる組織では、成果の判定基準が異なるのは当然です。場合によっては、定性的な成果判定に馴染む職務を担う社員と定量評価がより合理的な職務を担う社員とは、異なる給与体系を適用することも選択肢として考えられます。

―歴史の教訓④ 力を誇示した強圧的な管理体制への戒め―

海外進出する多くの企業は、基本的に資金力、技術力、ブランド力、市場での影響力をもっています。また、海外に派遣される日本本社社員の職務能力についても、選抜されて会社を代表してそれぞれの職場に赴くのですから、優秀な“人間力”の持ち主が多いはずです。
さらに、海外拠点は日本本社の全額出資ないしは議決権の大半を日本本社が握った経営形態が殆どですから、業績管理をはじめ、人材マネジメントのあらゆる局面で、日本本社からの派遣社員の意思や判断が優越することは、理屈ではホスト国社員は理解します。

このような状況のもとで、日本本社の派遣社員が注意しなければならないことは、資金力や人事管理の職制による力の強さを行使する際、日本本社の(連結)業績への貢献という資本の論理だけでなく、ホスト国社会の利益に貢献するという気遣いを忘れないことです。
その気遣いの中には、たとえホスト国の人材の職務能力が会社の期待値を満たさない場合でも、傲慢さや相手を侮蔑するような言動を厳に慎み、彼らなりの努力や仕事に対する誠実な取り組み姿勢に対しては、まず感謝の意を表してから問題点の指摘に移るという器量の大きさを示すことが大切です。 仕事の進め方についても、「日本のやり方と違う」というだけの理由で「ホスト国社員は能力が低い」と決めつけることのないよう、ものごとの「本質」と「形式」の見極めをしっかり行い、日本本社流の押し付けによって無用の「企業文化摩擦」を職場に持ち込まない配慮が必要です。そのうえで、成長の潜在力が高く、向上心の旺盛な人材については、さまざまな経験を積ませてプロとして成長する機会を提供するなどして、広い意味でホスト国の労働市場での人材価値を高める手助けをするという鷹揚さが必要です。この努力が、中長期的にホスト国市場の好感度を高め、「風格ある企業」としての魅力度を着実に高めることにもなるのです。

歴史観について、第8回の冒頭でご紹介したビスマルクの箴言に加えて、もうひとつ別の箴言をご紹介しておきます。
チャーチル(Sir Winston Churchill)の言葉に、The best combination in the world is power and mercy. The worst combination in the world is weakness and strife. (この世で最善の組み合わせは強さと慈悲である。最悪の組み合わせは弱さと敵対である。)というのがあります。
経済にも発展段階があるように、企業活動に従事する人間にもそれぞれに発展段階があります。国際人材マネジメントの究極の姿は、日本の今日の経済力を誇示した無慈悲で強圧的な管理体制ではなく、発展段階の異なるホスト国社員の一人ひとりが、外資系(日本)企業の仕事を通じて、個々人のペースとニーズに応じて成長し輝く機会を享受しながら、社業発展のため成果をあげ続ける全社的な支援体制を確立することなのです。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

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