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長井 一俊
Kazutoshi Nagai
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。
一年中で最も寒い季節になり、会社員は仕事が終わると一目散で駐車場に向かい、帰途についてしまう。レストランに立ち寄ろうと考える人はいない。今がレストランの経営者にとって最も苦しい時である。ビラを撒こうが、立て看板を出そうが効果はない。道には人影がないのだから手の打ち用が無い。 そんなある...
正月が過ぎると北欧は、極寒の季節が始まる。私はベランダに大きな寒暖計を設置して、屋内から外の温度を見ることを朝の楽しみの一つにしている。 庭先を見ると、真新しい雪の上に兎の足跡が縦横に見える。我が家の兎は日中、林檎の樹の下の穴に隠れ住み、滅多に顔を出すことは無い。早朝の雪面が、兎が元気...
「欧米では、クリスマスを盛大に祝うが、正月はなにもしない」と聞かされてきたが、今では様子が違う。企業の従業員の多くは、12月23日から1月4日までを“冬期休暇”と決め込んで、年末年始を楽しむ。大晦日の夜はどこの町でも、大量の花火を打ち上げて、新年を迎える。一方、日本...
クリスマス商戦の開始は、どこの国でも年々早まっている。パイの大きさは同じはずだが「早い者勝ち」と売り手は考えているようだ。11月下旬、所用で首都ヘルシンキを訪れると、街は既にクリスマス・ムード一色であった。 しかし、外見とは裏腹に街行く人の心には、暗雲が立ちこめたていた。事の始まりを私...
晩秋、ポリの町を横切るコケマキ河は様々に表情を変える。川面に沈む太陽、河畔の紅葉や新雪が、暗く長い冬を迎える人々の心を慰めてくれる。 デイナータイムが終り、パブの時間になると、店にはよく中年の女性が一人でやって来て、カウンター席に座る。緑茶を出しながら『サービスです』と言うと、笑...
10月になると北欧は早、晩秋。庭の林檎の樹が沢山の実を結び始めた。しかし、林檎が赤く大きく育つ前に、木枯らしが吹いて、枝から落下してしまう。緯度の高いイギリスのウールスロープ村に生まれたニュートンが、万有引力を発見したのも、きっとこの時期に違いない。 私の家では、林檎の木の下に穴を掘っ...
「雨後の筍(たけのこ)」という言葉がある。表の意味は「雨の降った後に筍が沢山出て来る」だが、裏の意味は「誰かが成功すれば、その後に似た輩が続々と現れる」である。例えばエヴェレストを英国の登山家ヒラリーが登頂に成功すると、後から多くの人々が挑んだ。今では登山を本職としない日本のお笑い芸人も登...
北欧でも、季節は律儀に廻ってくる。ただ、日本よりも秋は2ヶ月早く、春は2ヶ月遅くやってくる。8月に入ると早、北西の風が秋の気配を運んで来る。しかしまだ白夜の季節は続き、国内外からの観光客は、ポリ郊外のゴルフ場で深夜近くまでゴルフに興じている。 海外旅行に行った先発隊が、祭り後のような寂...
「春眠、暁を覚えず・・・」唐の時代に詠まれた詩である。春の朝は気持ちが良くて、つい寝過ごしてしまうというのだ。そこで私は北欧の夏を「白夜、睡眠を覚えず」と詠んでみた。国はサマータイムにより、昼時間を1時間増やし、企業は出社と退社の時間を1時間早めて、長く太陽の恵みを楽しめる環境を整えた。職...
北欧の6月は白夜の下、野外パーティを楽しむ季節である。「苦有れば,楽有り」暗く長い冬を耐え抜いた人への神からのご褒美だ。 私は例年通りロシアン・クラブから深夜のパーティに招かれた。夜の10時に始まり、翌朝まで続く。私は皆がお目当てにしている折り寿司を持って参加した。クラブの正会員...
5月はメーデーで始まる。北半球の多くの国では夏を、北欧では春を迎える祝いの日だ。宗教色の強い他の祭日と違い、市民中心の祝いの日である。かつては、資本家も労働者も一緒に集う楽しい日であったが、いつの間にか多くの国で、労働者が資本家に対して要望を突きつける日になってしまった。 北欧では天井...
4月は待ちに待った春が訪れる季節だが、南からの暖気と北極からの寒気がぶつかり、天気が急変する時期でもある。時に自動車のボンネットに傷を付ける程の雹(ヒョウ)や霰(アラレ)が降ることもある。 その春の嵐の中、大きな旅行鞄を持った日本人の若いカップルが、ずぶ濡れになって私の店に駆け込んで来...
3月も下旬になると、雪を降らす黒雲は消え、白雲の間から青空が見え始める。福寿草や二輪草が雪を割るように咲き出て、楓や白樺の小枝からは新芽が顔を出す。時折吹く暖かい東風が、道路脇に捨てられた雪を解かして、普段は美しいポリの街路も、この時期だけは水浸しになる。 そんなある日、数人の喪...
2月下旬はポリの中央を横切るコケマキ河が厚く結氷して、街は一年で最も寒い時期を迎える。しかし、春分の日に向かって日照時間は日々長くなり、街の人の心も少しずつ明るくなる。もう一月もすれば街に人は戻り、レストランにも人が来るようになる。 しかし、資金繰りが最も厳しい時期でもある。毎年この時...
正月から3月末までは、レストランにとって辛い時期である。市民はクリスマスで金を使いはたし、小雪の舞う厳寒の街から人影が失せる。夜半はパブに変身する我が店は、その方の稼ぎで何とか生き延びている。 年末まで暖冬であったポリの街は、正月を終えると突然として北極から大雪を伴う寒気団に襲わ...
ポリの中心を横切るコケマキ河は、数年前まで年末が近づくと厚く結氷したのだが、この2、3年は、薄氷を割りながら、上流から氷片が流れてくる風景に変わってしまった。地球温暖化は北極に近づく程、その影響の度合いが大きいと言われる説は、俄に現実のものとなってきた。 ここ数年、クリスマスを前...
北欧では11月も下旬になると、日照時間は日々加速度的に短くなり、広葉樹は全ての葉を落とし、針葉樹は深緑の油性エノグに守られているかのように葉を残す。翌12月の6日はフィンランドの独立記念日で、各地で行われる祭りは雪の中での開催となる。独立したのは今から丁度100年前、第一次世界大戦中の19...
10月も下旬になると、真っ黒い雲が我がもの顔にポリの上空を駆け巡り、シャーベット状の雪を落として気まぐれに去って行く。 世界の約3分の1にあたる62ヶ国がサマータイムを導入している。フィンランドでは3月の第2日曜日の午前2時を、1時間早めて午前3時にする時から始まって、10月最終日曜日...
10月は北欧でも収穫の秋。手入れを全くしない私の庭の林檎の樹ですら、たわわに実を結ぶ。それを知らない年配の女性客達が次々に、私の店に袋いっぱいにつまった林檎をプレゼントしてくれる。 甘くて大きい林檎を食べ慣れた私達日本人には、とても食べられた代物ではない。彼女達は、口を揃えて「一...
9月になるとポリの多くの市民は、友人たちを誘ってザリガニ・パーティーを開く。ザリガニは湖周辺の小川で沢山取れる。採取は例年、7月22日から9月末日まで解禁される。条例がよく遵守されているため、個体数は維持されている。日本人が暑さを乗り切るためにウナギを食べるように、北欧では厳しい冬に立ち向...
観光地であるポリは、8月に人口の満ち引きが2度おこる。初旬には家族連れの観光客が去り、ポリ市民が旅行から戻ってくる。下旬には新学期を迎える学生たちの出入が起きる。帰還したポリ市民は、去り行く夏を惜しむかのように、友人達が集い合いホーム・パーティが盛んに行われる。 私はアイスホッケーのフ...
北欧では夏至祭をヨハネ祭と呼び、「愛の日」とされている。市民は皆、森か湖畔にある別荘で過ごし、若者は恋人同士で野外キャンプを楽しむ。私は毎年夏至が近づくと、青春真只中のウエイトレス達に「いつから野外キャンプに行き始めたの?」と聞く。(アメリカならプライバシーの侵害で訴えられかねない) 娘達...
6月になると北欧は、春を飛び越えて白夜の初夏を迎える。庭のあちこちで、生まれて間もないリスやキジの子供達が、日がな一日母親を追い回す。 前号で紹介した、店で口喧嘩をした老夫婦のご主人の方が、久々に来店した。奥様は?と聞く私に『家内は、“夢に見る程お寿司は食べたいが、合わせる...
イースター(復活祭)を境にポリの街は活気を取り戻す。若いカップルは肩を抱き合って春の散歩を楽しみ、大人たちはレストランの店頭に張り出された丸テーブルを囲み、戸外でのお茶会を楽しむ。 近年のイースターは、子供たちが「卵」と「兎」で遊ぶ日であり、家族でご馳走を食べる日でもある。何故、...
ポリの中央を横切るコケマキ河は、本格的な春の到来を告げるかのように、シャーベット状の大小の氷片を水面に浮かべながら、ゆっくりと河口方向に動き始めた。 前月末、牧場を訪ねた帰り道、時間に余裕があった私は、3000人が住むというこの村をレンタカーの車窓から見物する事にした。街の郊外に...